想いを乗せるには余りにも脆くて
そこに交わされる言葉はない。ただひたすらに時間だけが流れてゆく。外は雨でじとじとしていて、それがまるで今の椿の心情を表しているようだった。
椿が泣いている。ぐすぐすと後ろから聞こえる。ぴったりとくっつけた背中の一部だけが温かい。この温かさを今は逃してはならないのだと何の根拠もなしにそう思った。それなのに膝を抱えている手を伸ばす事さえ叶わなくて、嫌になる。
泣いている理由は聞かずともわかる。椿は好きで好きで仕方ないあの人の事を想ってその涙を流している。皮肉だ。不愉快だ。しかしそう思いながらも俺はこの場所を離れられない。
そんなに、泣く程に、好きなのか。
そう聞くのは野暮だ。椿がどれ程あの人に憧れ、惹かれているのかは見ているだけでわかる。聞いてわざわざ自分の傷口をえぐるような真似はしない。
(らしくない)
もし椿の想い人が俺だったならば、こんなに辛い想いさせない。そう言い切れない自分が腹立たしく、そして同時に、あの人の事を羨ましく思った。叶う叶わないは関係なく、椿に泣く程想われているという一つの事実が俺の欲しいものだったのかも知れない。
「椿、好き」
卑怯だ、こんなタイミング、こんな状況で。案の定椿はハッとしたように俺を振り返っていて、そのせいで背中の温かさが薄れた。けれどそれも気にならない程、撤回しないという決意は固かった。
「持田さん、俺、」
再びそっぽを向いて顔をくしゃりと歪ませた椿を見て、また余計な荷物が椿にのしかかったのだと感じた。きっとまた泣きながら謝られる。そう知りながら、何もかも見ないふりをして言った言葉が椿の重荷になった。
困らせたい訳じゃない。ただ、椿があの人の事でいっぱいになって壊れてしまう前に。少しでもこっちを向いて欲しくて。
でも。
「好きだよ、椿」
俺はあと何度こうやって、愛しい想い人を傷付けるのだろう。