あと一駅で、
一緒に帰るかと言ってみた。今まで偶然会ったからっていう流れはあったが、待ち合わせしてっていうのは、多分初めて。
駅のホームのベンチでふたり、どうせ違う電車に乗るのに、と多分同じ事を思っていただろうが、言わなかった。俺は言ったら虚しくなる事を知っていたからだが、あいつが何故言わなかったのかは、知らない。
駅に着いてから電車が来るまでの十分がとてつもなく長く感じた。いつも一緒に帰る時は少ないなりにも会話があるのに、今日は全くなかった。自分から話を切り出そうとも思わなかった。なぜだろう?
色々考えているうちに、文次郎が乗る電車が来た。何も言わず文次郎が立ち上がったのを見て、違う電車に乗るんだってやっと実感したように思う。もうここで別れるのに、ちょっとくらい振り返れよって心の中で悪態をついた。でもやっぱり背中を睨みつけるだけで、引き止めなかった。
それからはあっという間だったけれど、人混みに流されて電車に乗り込む文次郎は本当に一度も振り返らなかった。確かに振り返っている場合でもなかったが。
ドアが閉まる。反射的に立ち上がってしまったが、気にしなかった。それよりも、急に隔たりが出来た気がして息が詰まった。明日も会える、って気付いたら自分で自分を慰めている。勢いで立ち上がったまま、座るのも忘れて、見えないだろう電車の中にいる文次郎を探した。
すし詰めの車内。ドアの所でひらひらと動く何かを見付けた。頭がおかしかったのか、それが何かを理解するのにさえ時間を要した。ああ、電車が出る。
「へたくそ」
普段笑わないからだろう、引き攣っている文次郎の笑顔を見て笑った。俺も多分、へたくそになっているだろうに。
無意識に振り返した手は、少しだけ震えていた。