Nobody knows
やだ、やだ。
もっと一緒に居て。
「兵助、大丈夫?」
「あー……」
心配そうに八左ヱ門が声をかけても、兵助はただ息をはき出すだけだった。熱いであろう身体が横たわる布団をぽんぽんと叩く。長くしなやかな黒髪が布団の横にまで伸びていて、兵助が妙に愛おしくなった八左ヱ門はそれを手に取った。
「なに……?」
「綺麗だと、思って」
いつもは冷静で辛そうな顔など滅多に見えない兵助が、熱にうなされている姿は今まで八左ヱ門も見た事がない。だからこそ心配するのだが、兵助はその事に気付いていない。
俺の髪はもっとがさがさしてるからさ、と困ったように笑って見せた八左ヱ門に、兵助はゆっくりと手を伸ばした。
「いいとおもうよ……」
「え、何?」
手招きして八左ヱ門を呼び、灰色の髪に指を這わせた。決して滑らかとは言えないが、兵助はその髪に触れながらとても優しい表情をした。
「ハチだから、そのかみじゃないとやだ……」
八左ヱ門は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたが、やがて恥ずかしさから俯いた。
正直触れる事自体が恥ずかしくなった八左ヱ門が兵助の髪から指を離すと、兵助が小さく声を上げた。
「や、ハチ、行かないで……」
まだ立ち上がるそぶりなどしてもいないのに、兵助は酷く悲しそうな表情をした。
「兵助? 俺はまだちゃんとここに居るよ?」
いつもより優しい言い方をしたのは、兵助が小さな子供に見えたからだ。生物委員会は下級生が多い為、それなりに心得はある。
「いまだけでもいい……、ずっとそばにいて……」
両手を伸ばして懇願するように声を上げる兵助を、八左ヱ門はぎゅっと抱きしめた。熱い体温が伝わってくる。
本当に兵助が愛おしいと思う。それはどんな時でも嘘をつかないという事を、八左ヱ門が知っているからだ。
「今だけじゃないよ、ずっと側に居る。兵助の隣に居るから」
抱きしめ返す兵助をまた抱きしめ返して。熱さを増す額に、小さくキスを落とした。