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言葉のその奥


 ほらまた。お前は俺をくぐり抜けていく。

「ん? 猪里何か言ったKa?」

 マネージャーの凪の元へ駆けて行こうとした虎鉄を見て、猪里は悲しそうに口を紡いだ。そんな彼の心境も知らず、虎鉄は凪に手を振った。それさえも腹立たしく思えて、猪里は無言で虎鉄に背を向けて足早にその場を去る。おい猪里、と肩を掴まれたが、彼は乱暴にそれを振りほどいた。
 あいつは変わらん、俺も変わらん。独り言のように呟いて、いつも穏やかな猪里らしくもなく顔をしかめた。虎鉄が女の子を追いかけてばかりいる事に腹を立てている訳ではない。ただ、虎鉄の何気ないいつも通りの行動に苛立ちを感じ、振り回されている事が釈なのだ。
 どうした猪里、と何度も背中越しに聞こえる虎鉄の声に、猪里は耳を塞ぎたくなった。放っておいてくれた方が楽なのに、虎鉄の声はだんだん近付いて来る。そして、ついに追いつかれた。

「おいどうしたんだYo。猪里らしくねぇZe」

 再び肩を掴まれて、猪里は仕方なく足を止めた。いつもと同じ、語尾を強調する虎鉄の話し方は、猪里をさらに苛立たせた。
 虎鉄はいつも猪里を追いかけて来るけれど、ここに留まる事はない。時間が経てば、ふらふらと猪里をすり抜けて行ってしまう。その虚しさは、虎鉄にはきっとわからない。

「お前に俺の気持ちなんか、わからんとよ」

 自分でもびっくりしてしまう程に、猪里の声は元気がなかった。そんな声を聞いた虎鉄は、面倒臭そうに頭を掻いている。猪里はちらりと彼を見てから、拳を握り絞めた。掌に爪が僅かに食い込んで、ちくりと痛んだ。

「俺は、惨めたい」

 告白は虎鉄からだった。毎日毎日好きと言われるうちに猪里もその気になった。けれど虎鉄は相変わらず、ふらふらと女の子を追いかけていた。
 今でも、虎鉄の言葉に嘘がない事は何となくわかる。ただ、猪里の中の気持ちは大きくなるばかりで、揚句やきもちまで妬いてしまう始末だ。虎鉄は変わらないのに、猪里ばかりが変わってゆく。
 女々しくて、嫌になった。

「ヤキモチか、嬉しいNa」
「な、何馬鹿な事言いよっとね!」
「テメーの様子見てたら一発でわかるZe」

 いきなり言い当てられて、猪里は動揺したように虎鉄を見た。しかし彼は余裕の表情を浮かべていて、猪里はもう何も言い返せなくなった。

「言い過ぎるのはいけNeえと思ったんだが、言わなさ過ぎるのも考えモンかNa」

 ため息をついた虎鉄を見て、猪里はやっと気付いた。これはやきもちなんかじゃなかった。
 欲しい言葉があった。でもいざそれに気付いてしまうと、呆気ないものだ。虎鉄がそれを発してくれなくても、気付いていればもう手に入ったのと同じ事だった。

「くれてやろうKa?」

 悪戯っぽく笑った虎鉄を見て、猪里は口角が上がるのを必死に堪えてそっぽを向いた。

「……いらんばい」

 虎鉄には敵わないなあと心の中でだけ負けを認めて、強がりを見せた。
 また彼が猪里をすり抜けて行っても、今度は自分が追いかけて引き戻してやると決意して。

「今度は俺が、やるっちゃ」

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