擬似結び
忘れてはいけない痛みもある、と達海さんは言う。それは今の俺の未来を指しているのだろうか。達海さんと俺がいつまでも一緒にいられると信じている程俺は現実から逃げているつもりはない。けれどそれさえも強がりだと言うのだろうか。
わかっている。全部わかっている。きっといつかは離ればなれになって、お互い誰か違う人と結ばれたとしても、俺はきっと今が一番幸せなんだろう。それと同時に、切ないんだろう。
「ずっと、すき」
「……煽ってんの?」
達海さんが少し辛そうに言うから、俺の目からぽろりと涙が落ちた。けれど不思議と笑顔でいられた。涙は達海さんの頬にぽたりと落ちた。頬に当たる瞬間に弾けたように見えた。達海さんを組み敷いてみて初めて気付いた感覚。それは優越感でもなく満足感でもなく、恐怖感だった。視界に達海さんしか映っていないのは、組み敷かれてる時と何ら変わりはない。けれど何故か、怖い。
きっと、距離だ。縮めるも離すも自分次第、そういうコントロールが怖いのだろう。
「達海さん、達海さん」
「もう、喋んな」
そう言って達海さんは俺を抱きしめた。また泣きたくなった。
「達海さんはもう、幸せになっても、いいんです……」
「うん、うん、椿ありがとう」
肩口に埋められた達海さんの頭がすりすりと擦り付けられる。俺は達海さんの背中に手を回して服をぎゅっと掴んだ。達海さんの温かさを感じるだけで無性に泣きたくなって、少しでも溢れる涙を堪えようと達海さんの名を繰り返し呼んだ。
これが忘れてはいけない痛みだと言うなら、俺はもうこれ以上の痛みを味わう事はないのだろう。どちらも幸せになれない、しかしそれはどちらのせいでもない。
「俺は、何か悪い事をしてしまったんスかね」
この人を好きになってしまったばかりに、痛みが増える。
達海さんが何か言おうと口を開いたけれど、それを聞きたくないと言わんばかりに俺は達海さんの口を、唇で塞いだ。俺だって、口を塞がなければ意味のない事を喋りかねない。
キスをしながら指と指を絡めると、甘い息を漏らしながら達海さんが笑った。驚いて思わず口を離してしまう。
「椿、俺はお前が好きだよ。だから、誇ればいい」
涙ぐんでいて、達海さんの顔がぼやける。でも今はもう何も見たくない気分だった。
目を閉じると、ぽつりと涙が落ちる音がした。繰り返し小さな音を立てるそれはまるで雨のようだ。
「俺を一番あいしてくれたのはお前、お前を一番あいしてたのは俺なんだ」
この雨が証として残るなら、一生消えなくていいのに。
二人とも別人