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ぼくが悪い


 攘夷戦争により、天人が攻め込んで来た所を何とか逃れ、再び部屋に戻って来た夜。高杉は帰って来るなり意識をなくして倒れた。酷い怪我も特には見当たらず、高熱なども出ていない。
 今は部屋の中で眠りこけているが、時折漏れるうめき声が高杉の今の状態を物語っている。高杉の身体を蝕んでいるのは、肉体的な疲労よりも、精神の不安定である事は明白だった。
 あれからもうじき一晩になる。
 昨日とは比べものにならないくらいの静かな夜。その静寂を打ち破るのは、遠くから聞こえて来る犬の遠吠え。いつもは気にかからないそれも、今は騒がしい程はっきりと耳に入って来た。それは時に桂を苛立たせ、言葉に出来ない虚しさを誘う。
 相変わらず高杉は目を覚まさず、なんとか意識を保っていた桂が一晩中付きっきりで高杉の看病をしている。眠気が襲い横になる時もあったが、高杉が苦しんでいるのを思えば、一秒でも長く見守っていてやりたくて眠れない。
 不安で不安で、やがて桂の頭の中には高杉の事しか浮かばなくなった。

「もう休めよ。後は俺達が看病するから」

 銀時は静かに桂に話しかけたが、桂は高杉の隣から動こうとしない。それどころか、返事の一つも返す事はない。
 しかし桂にも限界が近付いているようで、水を含んだ布きれを絞る手には全く力が込められていなかった。
 それを見た銀時はすかさず桂の腕を掴み、手の自由を奪う。

「……何をする、離せ」

 力で抵抗が出来ない事を知っていた桂は、銀時をきっと睨む。声は怒りに震えていた。

「いいから寝ろ。今度はお前がぶっ倒れちまう」

 銀時はその目に驚きながらも、手に込めた力を緩めようとはしない。

「それはお前だって同じ事だ」
「俺は昨日寝た」

 本当は一睡もしてないが、桂を納得させる為、銀時は仕方なく嘘をついた。
 それでも退かない桂に、銀時は苛立ちを覚える。目の前に居る仲間一人説得する事も出来ない。腕を握るその手に力を込めた。頭に血が上って、力加減が出来ていない。

「俺はこうしていたいんだ。好きにさせてくれ」
「それはわかってる。でも限界ってもんがあるだろ。いざって時に戦力にならねぇ奴なんざ邪魔にしかならねぇ」

 駄々をこねる子供を叱るように言う。いつもの銀時に比べれば、その言葉は優しかった。
 それでも、桂の意思が揺らぐ事はない。

「……すまん。どうしても、此処に居たい」

 桂は聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声で訴える。全身の力が抜けて弱々しくなった桂のその姿が、銀時を困らせた。

「俺じゃないと、駄目なんだ……」

 桂は言う。それは錯覚だと自分ではわかっていたつもりだった。それでも、思わずには居られない。

「俺が、居てやらないと……」

 今にも泣き出しそうな顔で、力のないその声で、桂は言った。
 決意に固められた瞳は、いつしか不安の色に染められている。見つめていると自分までそうなってしまうのではないかと、少し怖くなった。銀時はうろたえながらも、とりあえず桂の手を離す。
 こんなに弱い桂を、銀時は知らない。こんなに不安定な桂を、銀時はどうする事も出来ない。

「……そうか」

 情けない気持ちが込み上げて来て下を向いていると、襖が静かに開かれ、坂本が入って来た。

「どうしたんじゃ? 元気がないのぉヅラ」
「馬鹿! お前来んな!」

 明らかに場違いな態度の坂本を、銀時は鋭く制す。しかしそんな事全く気にしていない坂本は、構わず桂の隣に座る。こういう時の坂本は誰よりも度胸があると、銀時は改めて思い知らされる。
 今はそっとしておいたほうがいい。そう言おうと、銀時は小さな声で注意を促す。

「なぁ、今は……」
「銀時は少し黙っちょれ」

 坂本は先程とはまるで別人のように銀時に言い放った。

「桂、高杉は大丈夫じゃ。それより高杉が目覚めた時、おまんが傍に居らにゃならん。じゃき、今は休んだほうがいいぜよ」

 まるで幼い子供に言い聞かせるように、坂本は優しい口調で話す。
 しばしの沈黙。
 桂は俯き、坂本は桂を見ている。銀時の視線は二人の間をうろうろしていて落ち着きがない。
 そしてその沈黙に耐え兼ねたのか、桂は黙って頷き、やがて立ち上がって部屋を出て行った。
 その姿を見送ると、銀時は素早く坂本に向き直る。

「すげぇな、坂本。一言であいつを寝かせるなんて」

 銀時は感心に目を見開いている。それを見た坂本は少し笑い、その後壁にもたれ掛かり目を伏せた。
 そして頃合いだとでも言うように、銀時に話していなかった胸の内を明かしはじめる。

「……この前、桂に聞かれたんじゃ」
「何を?」
「大切なもん護る為にどうしたらええんじゃ、て」

 坂本は苦笑しながら前髪をかき上げる。銀時はその姿に見とれていたが、すぐに視線を高杉に戻し、何事もなかったかのように振る舞っている。

「何て答えたんだ」
「……月並みな事しか言えんかった」

 少し開いた襖から入ってくる光は、坂本の横顔を淋しそうに照らした。

「強くなるんじゃ。何かを失わん為に。心も、身体も、強くなりゃあ、この両手でたっくさんのもんが護れるんじゃ。……そう言うたが、気休めにもならんき」

 自分からは、どうしても一般的な理論しか浮かばない。
 そう言って、坂本は怒りに震えた。


結構前に書いたやつ
みんな別人すぎる

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