逆戟が吼えた
ドンッと壁に押し付けられた。その一瞬だけ、呼吸を忘れてひゅう、と情けない声が漏れてしまった。
目の前にいる男は特に反応しなかった。ただ、ゆらりと左右に揺れる自分より大きな存在は、怒っているような気がした。
「痛いよ、真琴」
「……どうして… どうして、ハルに、告白したんだ……!」
俺の顔の横に手を置いたまま、真琴は涙声で喉から絞り出すように言った。
真琴は、ハルが好きだった。
真琴の相談役として俺は親身に聞いていた。いつも、彼の言葉や表情、仕草に心を抉られながら。
何度も何度も、自ら傷つけるような相談を聞いて、いつしか俺は歪んだ人間になっていた。
いつの間にか……振り向いてくれないなら、真琴の大事なハルを奪ってしまえばいいと思っていた。
「どうしてって……俺は、真琴が好きだから」
「じゃあ!なんで、ハルに…付き合ってくれって言ったんだ!?」
「……遙と付き合えば、真琴がアイツを諦めてくれると思ったから」
「……は?」
真琴は瞠目して、俺のシャツを掴んでいた指を少し緩ませた。歪んだ笑みを浮かべた俺が、真琴の綺麗な緑色の瞳に映った。
「俺は、真琴が好きだよ。ずっと、ずっと前から」
「は…ハルに告ったのって、嘘だったのか!!」
「そうだよ。でも、まさか遙が俺をあんなに好きだったなんて、知らなかったな」
くすくす笑って、真琴の耳元で「水以上に俺のこと好きだってさ」と囁いた。ずるずると崩れ落ちていく真琴を見て、支配したような錯覚に陥った。
ちょっと屈んで、真琴の柔らかい髪を撫でてまたねと一方的な挨拶をした。そして、スマホを取り出した。
「あ、もしもし?遙?ちょっとそっち来ていい?」
遙の弾んだような声と逆戟(さかまた)の咆哮が聞こえた。シャチがほえた
逆戟が吼えた
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