さばの缶詰 | ナノ




「す、すみません!なんでもありません!」


「お前……」


七瀬が無表情でグっと顔を近づけてきた。近いって。そんなに近くで見たらバレるし、顔が熱くなるからやめてほしい。


「おーサバの兄ちゃんか!今日は友達も連れてきたんか!いっぱい買っていけよ〜」


「さ、サバの兄ちゃん……!ふふっ」


「…鯖をください」


へえ、イワトビでサバの兄ちゃんって呼ばれているんだ。正直、わたしも笑いそうになったけど、頑張って堪えた。

おじさんが「二匹入れてくれ」とビニール袋を渡してきた。よし、傷つけないようにいれなきゃ。そっと鯖を掴み、袋に入れておじさんに渡す。

ビニール袋とは違う茶色い『イワトビ』と書かれた紙袋に入れて、おじさんは七瀬に渡した。


「ええと、二匹だから500円な」


「はい」


「ちょうどだな、ありがとさん」


え、まだ七瀬がこっちを見てるよ……!?七瀬が見てくるから橘も見てきたじゃん…!早く帰れー!

帰れ帰れと念じていたけど、それは叶わず七瀬はわたしを見て呟いた。


「お前…塩井か?」


「ええっ!?ち、違いますぅ!」


おじさんはちょうど店の奥にいるから、人違いを装える……!ふふふと笑って誤魔化していたら、橘が「透ちゃんかー懐かしいね」と言った。


「どこ行ったんだろうな、あいつ」


「中学は違ったからね……。ここら辺に住んでるって聞いたけど」


「ふうん…」


うわ、興味無さげな返事。ちょっとは気にかけてほしいよなあ、なんて…自分から離れたのに、それは図々しいか。


「あいつ、まだ泳いで…鯖食ってるかな」


そう言った遙の顔が寂しそうに見えたのは、わたしの都合の良い錯覚……だと思いたい。

もし本当なら、わたしはまた彼の好きなひとになろうと期待してしまう。それは、もう十分だ。





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