さばの缶詰 | ナノ




昔、大好きだった男の子の好物ばかり食べていた。その好物は、鯖。当時の私の身体は、鯖がぎゅうぎゅうに詰められていた鯖の缶詰だったに違いない。あり得ないけど。


それくらい食べたら、鯖になれるんじゃないかと、不明瞭な根拠にしがみついた。


でも、鯖には、なれなかった。彼の好きな子にすら、なれなかった。


それから数年経って、一途でピュアだったわたしは、華の女子高生になっていた。いつしか、わたしは鯖の代わりを埋めるように恋人を作っていった。友達と夜遅くまで、バカみたいに騒いでいた。


でも、鯖と同じように何も満たされなかった。孤独だけが充満して、わたしを離さなかった。


下校中、電車のホームで懐かしい顔を見た。へえ、岩鳶に入ったのか。わたしはあんまり勉強しなかったから、偏差値が低い高校なんだけど。

声、かけてみようかな。


「怜ちゃん!」


「怜ちゃんと呼ぶな……っ、誰ですか…?」


「あれ、わかんない?塩井透だよ」


「…………えぇ!?」

「はは、面白い顔してんね」


久しぶりに会った竜ヶ崎怜は、わたしの姿を見て目を白黒させた。面白い。中学生の時は黒くストレートだった髪を、茶色くカールさせている。

原型が辛うじて残っている制服は、まるで昔を否定するようだ。苦笑していると、怜ちゃんはよくやっていた仕草――眼鏡を親指と中指で上げる――をした。


「随分とまた……変わりましたね」


「えへへ、可愛い?」


「……可愛くないですよ。前の方が…、」


「なに、前の方が?」


「っ、なんでもありません」


怜ちゃんはメガネをかけ直す。ほんと、分かりやすくて可愛いんだから。わたしの一つ下の幼なじみは、可愛くて仕方がない。


にやにやしていることに気づいたのか、彼はキッと睨んできた。可愛いだけだって。ああ、でもそのでっかくなった身長は可愛くない。


「本当、変わんないね」


「透も……変わりませんね」


「は?結構変わってない?」


怜ちゃんはフッと笑い、「僕にしかわかりませんよ」と言った。ごめん、意味分かんないよ。





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