さばの缶詰 | ナノ




七瀬遙視点


まだスイミングクラブが閉鎖していなくて、俺がそこで泳いでいた頃のことだ。

先日、こっちに引っ越してきたという凛が、ある人物を見て声を上げた。


「透くーん!こっちこっち!」


「うるさいな、凛ちゃん!!」


凛が透と呼んだ方向を見れば、スクール水着を着た女子がいた。ああ、俺達と同じようなのか。

妙に納得しながら見ていると、俺の視線に気付いたのか透は顔を真っ赤にして笑った。そこに何故か胸が締め付けられた。


「あれ、遙…これ何?」


「お土産」


「へえー可愛いね!イルカのペンダントかぁ」


透とは、ものすごい速さで心の距離を縮めた。彼女自身も真琴や渚と上手く打ち解け、凛をよくからかっていた。

そんな彼女は、俺が旅行先で買ったお土産を偶然目にし、可愛い可愛いと連呼していた。


「好きな、奴に買ったんだ」


「へええ。……遙の好きなひと…喜んでくれるといいね」


「……え?」


違う、それはお前に買ったんだ。咄嗟のことに言葉が上手く出てこない。

頭を真っ白にしている間にも、透はどこか辛そうに、あの日と同じように笑っている。


「透ちゃーん!どこに行ったのー!」


「あっ、ごめんまこちゃん!またね、遙」


ペンダントが入った袋を優しく元の場所に置き、透はぱたぱたと走り去った。


「好きなひと…喜んでくれるといいですね」


「っ……!」


どうして、どうして『イワトビ』のバイトの人が、あいつの言葉を言うのだ。茶色に染められた髪が顔に影を落とし、表情が更に暗くなる。

違う、そうじゃない。否定しようとしたが、彼女は塩井透じゃない可能性が高い。だから、俺はその言葉を飲み込んで、謝る彼女に頭を軽く下げて去った。





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