さばの缶詰 | ナノ
やっと腰から手を離した松岡は、今度はわたしの顔をじっと見つめてきた。今日は何かと見つめられる日だな。
「な、なに?」
「俺、やっぱり透が好きだ」
「……返事も聞かずに逃げたくせに?」
ちょっと意地悪いと自分でも思いながら問いかけると、松岡は「仕方ないだろ」と開き直った。そして、わたしの目を見ながら、返事の催促をしてきた。
「ごめん。助けてもらったのは本当に…助かったよ。けど、松岡は……、友達として好き、だから。……ほんとごめんなさい」
「申し訳ないと思うなら……泣きそうになるなよ」
なんでこんなに涙が溢れてくるんだろう。外見は変わったけど、中身はあの頃の松岡と寸分の違いもない。優しいところも、慰める仕草も。
「松岡が優し、すぎるからだ……」
「なんだそれ」
「じ、自分だって、フラれてうるうるしてるし…!強がるなバカ凛」
「……強がってねえと、お前が…傷つくだろ。とりあえず、どっか行こうぜ」
「う、ん」
確かに人目が集まってきて恥ずかしい。逃げるようにそそくさと、何故かわたしの家に来た。本当に謎だ。
「松岡、家は大丈夫なの?」
「寮だし大丈夫。つか、さっきみたいに凛って呼べよ」
「はいはい、凛ちゃん」
「うるせえぞ透くん」
復活したからか、軽口を叩き始めた。まったく、口を開かなきゃいい男なのに。ぼんやり思いながら、家の鍵を取り出して開けた。
「ただいま」
「あー、おかえ…… あらっ!?凛ちゃんじゃない!まあおっきくなったわねえ〜」
「お久しぶりです」
「ほんと久しぶりよね〜。日本に帰ってきたの?学校は?」
「はい、帰ってきました。学校は鮫柄で水泳部に入って――」
……ほんと、母さんの前だといい子、だよな。隣に立つ猫かぶりを見て、つくづくそう思った。
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