思い出はなし
※お姉さまは!昔話
私はバスケが嫌いだ。そう言ったのにも関わらず、目の前の同じクラスメートは退いてくれない。弱ったな。慣れないメガネをぐいっと押し上げる。
相手も焦燥に駆られているのか、頻りにメガネのブリッジを上げる。彼は何者かに脅されているのだろうか。
「リコから聞いたんだけどさ、黒子、元女バスだったんだろ?頼む、マネージャーになってくれ…!」
「今はもうしていない。バスケもマネージャーも、興味がない」
「……一回!一回だけでもいいから、バスケ部に来てくれないか?」
唐突だな、この男は。どこまでもしつこい野郎なので、私は奥の手を使うことにした。
「あっ、UFO!」
「えっ、どこ!?って……黒子速っ!?」
隙ができた瞬間に逃げ出した。後輩の黄瀬に追いかけられた時も、この逃げ足の速さが私を救ってくれた。
家に帰り、制服のままぼんやりしていた。手渡された仮入部届には、もう私の名前とバスケ部マネージャーと書かれてある。
「バスケなんて……嫌いだ」
「本当は好きなくせに、何を意地はってるんですか」
「テツヤ、帰ってたのか。おかえり」
「ただいま帰りました。姉さんは、まだあの事を気にしているんですか」
「……気にするだろう。私は、バスケに関わらないことにしたんだ。金輪際、な」
ふうんと納得したのか分からない曖昧な返事をするテツヤ。おそらくその反対だろう。
「ああ、ご飯なら冷蔵庫の中にあるよ。チンして食べて」
「わかりました。姉さん」
「なんだ?」
テツヤの方を向けば、顔をがっしり掴まれた。何がしたい。そう問うかのように眉をひそめれば、テツヤは少し頬を緩ませながら答えた。
「姉さんはきっと、バスケに関わります」
「は?そんなこと」 「あり得ます。それに、ボクとしても嬉しいです。進学にするにしろ、就職にするにしろ、何かしら部活に入った方がいいですし」
「……なるほど。で、これは何の真似だ」
「これだと姉さんの嘘が見抜けるんです」
嘘だろと言えば、テツヤは私の額に口づけをして「本当ですよ」と言った。
それから一週間後、私は彼の言葉通り誠凛高校バスケ部マネージャーになった。あの眼鏡の日向は「俺の苦労……」と呟いていた。ドンマイ。
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