幼い頃、私とお兄ちゃんは大喧嘩をして、私は家を飛び出した。そのまま隣の家――柊さんが住む部屋に侵入して、驚く彼に抱きついた。
泣きじゃくる私の頭を優しく撫でながら、事情を聞いて慰めてくれた。その時、もう喧嘩しちゃダメだよ?と言った優しい笑顔にときめいた。
最初は、柊さんの上体の筋肉に心を奪われていたんだって、思ってた。でも……これは違う気持ち。
戸惑っていたけど、最近は素直になって地道にアタックしている……ただ、ひとつだけ問題がある。

「ひっ、柊さん!あの…付き合ってください!」
「江ちゃんどこか行きたいところあるの?」
「……………え?」

柊さんが超がつくほど鈍感!あの鈍そうな遙先輩より、恋愛に疎いひとなのだ。
そのことを友達とか渚君とかに相談したら、子どもに見られているからだという。

『だから江ちゃんがいつものポニーテールじゃなくて、下ろしてミニスカートを履いたりとか!』
「ゴウじゃなくてコウ!そっかぁ、さすが渚君だね」
『えへへー。じゃ、明日がんばってね〜』
「うんっ!がんばって、柊さんを落とす!」

というわけで、慣れないメイクを友達に教えてもらったように薄くして、短い丈のスカート、少し露出が激しいキャミソールを着た。
……なんか、私じゃないみたい。
いつも高く結っていたポニーテールはやめてゆるく巻いて、あまり履きなれていない踵が高いハイヒールに足を入れる。

「柊さん!は、早かったですね」
「そう?江ちゃんと遊べるって思ったら早く来ちゃったかな…」
「っ……!」

着飾ったようなセリフでも、柊さんが言うと素直に受け入れられる。これも彼の人徳が為せる技なのかな?

「そういえば、江ちゃんはどこに行きたいんだっけ?」
「えっと…ショッピングモールに行きたいなって」
「ああ、新しくできたとこ?いいね。俺も行きたかったんだ」
「ほんとですか!?よかった…」

和やかな雰囲気の中、私は彼の隣を歩ける幸せを噛み締めていた。これまでの人生で一番嬉しいイベントです!ありがとう、神さま!

「あ、お化け屋敷やってるって」
「へえー怖そうですね」
「入ってみる?江ちゃん」

チャンス到来……!こういうお化け屋敷で大抵カップルができる率が高い。
私はこれを狙っていた。ちょっと広告が怖いけど、しょせん作り物だ。

「け、けっこう雰囲気ありますね……ひあっ!」
「そうだねー。うわ、これすごーい」
「すごくないです!早く出ましょうよ!?」
「えー?江ちゃん怖いの?」
「こっ、怖くないです!」

嘘です本当は泣きそうなくらい怖いです!
へんな意地を張った私は、最大20分で出られるものを二倍の40分で出てきた。もう疲れた…。

「お疲れさま、江ちゃん」
「お疲れさまです……楽しそうでしたね、柊さん」
「お化けとかゾンビとか好きなんだ。ほら、真琴とか凛とかが怖がってるの楽しいし」

予想外にSだったことが判明した。私はあ然とした。好きひとがこんなに非道だったなんて……!

「何か飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「えっ!そんな、いいですよ!」
「別に飲み物だからいいじゃん。それに、江ちゃんの怖がり方見てたら楽しかったから」
「……っ!そ、そんなの見ないでください!」
「はは、ごめんごめん」
「……ウーロン茶でいいです」

はあ、あんなみっともないところを見られていたんだ。ため息を吐いて顔を伏せていると、頭上から声が降ってきた。

「江…?」
「お兄ちゃん!?えっ、なんでここに?」
「……オフだったから、にと…後輩と来た。ていうかお前、なんだその恰好」
「えへへ、変かな?」
「…変、破廉恥」
「はっ、破廉恥って!!」
「あれ、凛じゃん。久しぶり〜」

柊さんの顔を見た瞬間、お兄ちゃんは嫌そうな顔をした。もう、ほんとは嬉しいくせに。
お兄ちゃんは柊さんに近づいて、何かを耳打ちした。それを聞いた彼は、眉間に皺を寄せてお兄ちゃんを見た。

「どういう意味だ、凛」
「……じゃあな」
「待てよ、おい! ……はあ」
「あの、お兄ちゃんが迷惑をかけて……」
「いや、そんなことないよ。少し屋上に行かない?」

屋上へ向かうエレベーターの中はとても静かだった。柊さんは何かを考えているようで、話しかけにくい。
やっと着いた屋上で大きく呼吸を吐いた。知らないうちに息を止めていたみたい。

「江ちゃん、ここに座ろ」
「…はい」
「今日の江ちゃん、いつもと違うね」
「は、はい!」
「あはは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

柊さんは優しく私の頭をぽんぽんと撫でた。そして、ゆるゆるに巻いた髪を一束手に取った。

「このおしゃれ、俺のためにしてきてくれたんでしょ?」
「…はい」
「……そっか。俺さ、江ちゃんのことをずっと妹だと思ってた。可愛い妹でさ」
「………………」
「でも、今日の江ちゃんを見たら妹より、ひとりの女の子に見えた」
「女の、子」

よかった。今日までの苦労がその言葉だけで報われるような気がした。
柊さんは、眉をしょんぼりと下げながら言葉をつづけた。

「でも、俺はいつもの江ちゃんが好きだ。慣れない靴で足を痛ませたくない」
「そ、んなことないですよ!」
「うそ。くるぶしが赤くなってるよ」
「っ! だって…だってそうしなきゃ、柊さん気づいてくれないじゃないですか!」

ああ、だめなのに。こんな思いを言いたくないのに、堰を切ったように今までの気持ちをぶちまけちゃう。言葉がぽろぽろ出るように、涙も零れて出てきた。

「柊さん、がっ…好きなんです!どうして、わかってくれないんですかっ……!」
「江ちゃん、ごめんね」
「あや、まらないでください……! っ、ひぐっ」
「俺も、好きだよ」
「……………え?」

驚いて伏せた顔を上げると、苦しそうな表情の柊さんがいた。今まで見たことがない彼を目撃してしまったようで、身体が固まった。

「凛に、さっき言われたんだ。『いい加減、認めたらどうなんだ』って。情けないよな、俺。年下に言われて目が覚めるなんてさ」
「それって……」
「江ちゃんの告白は嬉しかったよ。ただ臆病者が嘘だと決めつけてた」
「ひいらぎさん゙っ……!」
「こ、江ちゃん!?なんでまた泣くの…?!」

嬉しくて嬉しくて、柊さんの手を握りしめた。すると、おそるおそる私の背中に手が回される。
その臆病さに苦笑して、私が彼の手を離して抱きついた。


背伸びの恋
(やっと届いた)

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