「葉月君って可愛いよね〜柊もそう思わない?」
「うん、可愛い。…憧れる」
「なんか言った?」
「いや、何でもない」


葉月渚とは、私の憧れであり理想としている人だ。ちなみに渚君は、女の子みたいな名前で可愛らしい容姿だが、正真正銘男だ。
いつも甘い笑顔を振り撒いて、まさに私の中のTHE女の子像に近い。…羨ましい、な。

「柊ちゃん!おはよ」
「はよ、渚君」
「もしかして低血圧?ハルちゃんも低血圧みたいでテンション低いんだー!あ、ハルちゃんがテンション低いのはいつものことだったね」

渚君は朝から元気によく喋る。ぼんやりとまだ回らない頭の中でそう思った。
ところで、渚君の話によく出てくるハルちゃんって誰だ。私みたいな勝ち気な女ってより、深窓の令嬢みたいな女の子だろう。
例えば……渚君がよく喋る松岡江ちゃんみたいな。でも、江ちゃんの名前にハルって入ってないしなあ。

「おはよ柊。考え事?」
「はよ。いや、渚君の話でよく出てくるハルちゃんって誰だろうと思って」
「あーそれって七瀬先輩のことじゃない?」
「せんぱい……」
「そう、名前は女の子みたいだけど実は男なの!それに結構顔がいいし、狙ってる子たくさんいるよ〜。え?もしかして柊も…?」
「違う、私はハルちゃんさんが気になっただけ」
「ふ〜ん、気になっただけかー!もしかして葉月君に、」
「別にそういう疚しいことは考えてない」

本当、私の周りってよく喋る人ばかりだ。……まあ、私があまり喋らないせいかもだけど。ため息を一つ吐き、早く部活に行きたいと思った。



ある日の昼休み、アマちゃん先生に呼ばれて何事かと思い行くと、半端じゃない量の辞書を出された。……マジで何事。

「実はね、これを図書室に返してもらいたいのよ〜」
「はあ……」
「柊さんは柔道部だったわよね?先生だけじゃ持っていけないし、用事があるから頼みたいの……。お願いできるかしら…?」

うるうると小動物みたいな目で見つめられた。……やめてください先生、私がそういうのに弱いの知ってるでしょう?
わかりましたと観念したように言うと、アマちゃん先生の顔が分かりやすいくらい輝いた。

「ありがとー!助かるわぁ、柊さんっ!今度、こっそりお菓子あげるからね」「……それ、いいんですか?」
「小声だから大丈夫っ」
「こほん、天方先生」
「しゅみません……」

もろバレじゃないっすか、先生。
という訳で、私は20冊もの辞書を図書室に返す任務を課せられた。まあ、小さい子冊子くらいの大きさだし、重さは……結構ある。
アマちゃん先生はどうやってこれを持ってきたのだろう。あんな細腕じゃ持てないよなあ。

「あれ、柊ちゃん!うわあ……すごい量だね」
「アマちゃん先生に頼まれて」
「もうアマちゃんったら柊ちゃんが優しいからって!」
「別に平気だから。トレーニングにもなるし…」
「……貸して!」
「え?な、渚君!?」

渚君はむんずと辞書を全部取った。すごい……私があんなにフラフラしていたのに、平気そうな顔をしている。

「図書室、だよね?一緒に行こ!」
「う、うん」

胸の鼓動が高鳴って渚君に聞こえないか心配だ。どうしたんだろう、急に。
渚君が、可愛いよりかっこよく見えるなんて。


ボーイッシュガールの恋患い
(恋だと気づくのに、あと少し)

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