putsch
「ナマエー!今日の当番、代わってくんね?」
「ジャン、お前はナマエに頼りすぎだ。ナマエもガツンと言ってやれ」
「え、ああ、大丈夫だよエレン。ぼく、暇だから」
「ほら見ろ、エレン。余計な口出しはすんな」
エレンは釈然としない顔で、ナマエがいいなら…と珍しく自分から引いた。ジャンは満足したのか、ナマエに「んじゃ、よろしく」と背中を軽く叩いて去った。
「あ、アニ。今日、当番なの?」
「…そうだけど。あれ、今日はナマエじゃないよな?」
「あ、ああ!実は…ジャンと代わったんだ」
「……ふうん。そう」
アニはそれ以上喋ることなく、黙々と作業を始めた。当番とは座学で使う教室を掃除することだ。毎日とまではいかないが、週に一回か当番が回ってくる。
そこでジャンは、掃除より座学で学んだ知識を早く復習したいがために、ナマエに代わりを頼んだ。
しかし、ナマエの当番が回ってきても、ジャンがすることはいつも無かった。
「これでっ……終わりかい?」
「そうだね」
「お疲れさま、アニ。今日は働いたなあ」
「……なあ、ナマエ」
珍しくアニから口を開いて名前を呼んだ。ナマエは目を丸くして、返事が上擦ってしまった。いつものことだが、アニの前だと何故か恥ずかしい。
「な、なあに?」
「お前、嫌じゃないのか。こんなふうに仕事を押し付けられて」
「ぼくは…嫌じゃないよ。きょ…今日は、アニと当番だったし」
「…?それは、どういう意味だ?」
自分の発言に気づいた時には遅かった。アニは不思議な顔をして、理解していないようだったが、ナマエは自分の過失に顔を赤らめた。
「ごっ、ごめん!急用思い出したから、またね!」
「あ、ああ…」
教室を飛び出して、そのまま脇目も振らずに寮へ帰った。その様子を見ていた人物がいたなんて、ナマエには知る由も無かった。
恥ずかしい、ぼくはアニに何を…。耳まで真っ赤にしたナマエは、ベッドに入って羞恥に悶えていた。
「おい、ナマエ」
「ひっ…!な、なんだ……ジャンか」
「なんだとはなんだよ。ああ、当番ありがとな」
アニに続いてジャンも珍しく感謝の言葉を口にしてきた。いったい、何が目的なんだろう。ナマエがそう思ったのを察したジャンは苦笑して、さりげなくベッドに座った。
「はは、そんなに警戒すんなって」
「だ、だって…珍しいじゃないか。ジャンが、ありがとうなんて言うこと」
「なんだよそれ!俺は感謝しねえ男って言いたいのか?」
「うん…まあ、そんなとこ」
ナマエの発言に機嫌を悪くしたジャンは、眉間に皺を寄せた。ナマエはその変化に気づいたが、特に気に留めなかった。
「話は変わるけどよ、ナマエはアニが好きなのか?」
「ぶふっ!!は、はああ!?なん、ええ!?」
「あー好きなのか、そうかそうか。あんなに顔を真っ赤にしてたもんなあ?」
「ちがっ、違うよ!」
「なんだ、違うならいいけど。俺、アニと付き合うことになったからさ」
一瞬にして、目の前が真っ白になった。ジャンと、アニが?付き合う?よかった?あまりにも大きなショックに追い付けないナマエは混乱していた。
実際は、ジャンはアニと付き合うことにはなっていない。彼の口からの出任せだった。
偶然教室を通り過ぎた時、ナマエが顔を赤くしてアニと当番でよかったと言った。そこに何故か猛烈な苛立ちに襲われた。「あとな、キスもしてきたぜ。アニの唇、超柔らかかったな」
「……………」
「おい、ナマエー?おーい」
幸せそうに語るジャンに、初めて憎しみを抱いた。憎悪と悲しみがナマエの頭を掻き回した。そして、何かがプツリと切れて彼はにこりとジャンに笑った。
笑顔なのに、目が笑っていない。冷ややかに見つめる二つの瞳が、ジャンには恐ろしく感じた。
「よかったじゃないか、ジャン」
「あ、ああ…」
「それで?ぼくに言いたいことはそれだけかい?」
「っ!てめ、何、押し倒して……んぅ!」
次はジャンが混乱する番だった。突然の奇襲に対応できず、なすがままにベッドに寝かされて、深い接吻を受けている。
怖い、ナマエが怖い……!ジャンは恐怖に震え、思うように手に力が入らず抵抗すらできない。
唾液が口の端から落ちるほど口付けをすると、ナマエはやっと顔を離してジャンの服を脱がしにかかった。
「ふ、はは……アニと間接キスだ。ねえ、もうセックスはしたのかい?この粗末なものでアニを穿ったのかい?」
「やめ…やめてくれ!してないっ……!俺は、っひ」
「うわぁ、こんな状況下でも反応するんだ。変態」
ナマエの蔑む視線にジャンは興奮した。また大きくなったそれに、ナマエは嫌悪感を露にしたが、握りつぶさんばかりに力を加えた。
「い゙ッ…!イタイ!いてぇよ!」
「いたいのはぼくの心だ。畜生、こんな下衆に、クソ、クソ……!」
涙をぼたぼたと落としながら、ナマエはまたジャンに唇を重ねた。そして歯を立てて彼の唇を傷つけて、流れ出る真っ赤な血を啜った。
「ごめん…!ンっ……、ごめんなさ…っい゙」
ジャンの悲痛な叫びは誰にも届かず、ナマエの口に消えていった。