幻肢が疼く
一瞬の出来事だった。ナマエは俺の背後を襲おうとした巨人にいち早く気づき、俺の代わりに巨人に捕まった。
巨人は彼を弄ぶかのように、左腕の肘から下を咬み千切った。噴き出す鮮血を見た俺は、我を忘れて巨人の項に飛びかかった。
そこからの記憶はない。気づいたら、ナマエの右手を握っていた。
「毎日お見舞いありがとう、リヴァイ」
「…俺に出来ることはこれぐらいしかないからな」
「もう、そんなに気にしなくていいのに。人類の将来を気にしてよ」
「……チッ」
相変わらず、自分より他人を優先するお人好しな性格だ。あの時、確かに俺は気づかなかった。しかし、ナマエが傷つくことは無かったはずだ。
そう言うと「別にリヴァイを信用していないわけじゃないよ。ただ、死んでいく仲間は見たくないんだ」と切実な願いを彼は漏らした。
「早く義手が届くといいな」
「届いたとしても、もう前線には戻れないけどね」
「……そんなに、戻りてえのか」
「ああ、もちろん。エルヴィンと作戦を練りたいし、ハンジの煩い巨人講座も聞きたいんだ」
ふ、と寂しそうな笑みを浮かべるナマエに、俺は苛立たしさを覚え、迷わず頭を殴った。
「っ〜〜〜!痛いじゃないかリヴァイ!」
「何を勝手に辞めようとしているんだ、ナマエよ。お前はそんなに腑抜けた男になっちまったのか?」
「……はは、本当リヴァイとエルヴィンだけは変わらないな。腕を無くした俺は、牙を抜かれた獣と同じだ」
「…少し、外の空気を吸ってくる」
「行ってらっしゃい」
ナマエは柔和な笑顔を浮かべ、俺を見送った。これが、彼と交わした最期の会話だった。
俺が部屋を退出すると、ちょうど巨人が出現したようで、駆逐するべく駆けつけなければならなかった。
その日から仕事が立て込み、ナマエの病室に足が遠退いた。そして、次に会ったのが棺桶に静かに横たわる姿だった。死因は首をナイフで掻ききった自殺だった。
一通の手紙が遺されていて、調査兵団に対しての謝罪、俺個人に対しての謝罪が書かれていた。
『国の為に命を捧げられなかったことが後悔だ。どうか神様、この罪深き魂をお許しください。』
「……チッ、どいつもこいつも馬鹿だ」
追伸の文章を見て、俺は首に包帯を巻いたナマエを見た。本当、コイツは馬鹿だ。俺もだよ、畜生。
頬を伝う生ぬるいものは、ついに手紙に落ちて彼の綺麗な文字を滲ませた。
『追伸、リヴァイを愛していたよ。ごめんなさい、ありがとう。』