8 その日の昼休み、俺が一人で教室で昼食を摂っていると、天野が前の席に座った。
彼の手にはりんごジュースと菓子パンが握られていた。
「…なんなのだよ」
「いっしょにご飯食べようと思って」
「青峰とじゃないのか」
「なんとなく緑間くんと食べたいと思ったから」
ダメかな?そう笑う天野に、ノーとは言えなかった。というより、否定する言葉を言うなと表情で語っていたから、何も言わなかった。
「わあ、緑間くんのお弁当すごいね」
「…母の手作りだがな」
「ふふ、緑間くんのお母さんって料理が上手なんだね」
「お前はそれしか食べないのか」
すると天野は肩をすくめて、今日は起きられなかったんだと言った。自分で弁当を作っているなんて、全く想像がつかなかった。
素直にそう言えば、彼は頬を膨らませて「緑間くんよりは上手いよ」と言った。
「ご両親は忙しいんだな」
「ううん、僕と父さんしか居ないから」
「っ!いや…そうだとは知らずに…悪気はなかったのだよ」
「緑間くんが謝ってるー!面白い面白い」
けらけら笑う天野に、俺は戸惑った。普通なら、気まずくなる話題を笑い飛ばしたのだ。
きっと、もうずいぶんからなのかもしれない。父と息子、二人暮らしなのは。
「あー緑間くん面白いよ。僕ね、父さんが大好きだし、今の生活に満足しているから気にしてないよ。」
「そう、か」
「うん。ただ、青峰くんに気を遣わせちゃったな……」
しょんぼり肩を落とす天野に、俺は「青峰だから気に病むことはない」と言った。
しかし彼は納得してないのか、ぼんやりと彼方を見ながら「そうだねえ」と呟いた。
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