水は母の中の様だ
あの日から、凛は足繁く通うようになった。こっちに友達はいないの?と言ったら、つまんねえ奴ばっかと返ってきた。
「じゃあ僕はつまんない奴じゃないってこと?」
「当たり前だろ。じゃなきゃ、こんな辺鄙(へんぴ)なところに来ねえよ」
「辺鄙で悪かったな」
「でも、俺はここが好きだ。静かで、泳ぎに集中できる」
そう言う凛は、遠い目をして、ここにいるはずなのに違うところに居るように見えた。
初めて見る表情に、僕はとても寂しくなった。彼は、僕やこの景色を見ていない。
「お前と居るとさ、あのムカつく奴を思い出す」
「ふーん?」
「七瀬遙っていうんだけど、そいつ、ずっとフリーばっかやっててさ…」
最後、あいつに……。
凛は悔しそうに水面を見つめる。やっぱり彼はここじゃないどこかにいる。
それは、多分、ナナセハルカという人物が居る所だろう。
「君らしくないね」
「俺らしくない?」
「そういう過去の出来事に執着しないと思ってた」
「……そういう人間なんだよ、俺は」
自嘲気味に笑う凛に、僕は思いっきり水をかけてやった。
プールサイドに腰かけていた彼はずぶ濡れだ。可哀想なことに、彼は私服を着ていたままだ。ざまあみやがれ。
「てめえ、皐月…!」
「プールサイドに座るなら水着を着ろ。それが常識だ」
「…どういう常識だよ」
凛は畜生、ずぶ濡れじゃねえかと呟くが、顔は先程より晴れ晴れとしていた。
彼は吹っ切れたように、Tシャツを豪快に脱ぎ捨てて、プールに飛び込んだ。
「とりあえず、一本やろうぜ」
「やだめんどい」
「即答してんじゃねえ!!」
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