水に没する聖母よ
理由は翌日の放課後に分かった。
「閉鎖…?」
「そうなのよ。昨日、急に資金が止められちゃって」
「そんな……」
「まあこれを機に、アイツに告白しようかなって」
意外と山田先生は前向きだった。オーナーである彼女が閉めると言うのだから、覆されない事実なんだろう。
「あ、そういえば凛のとこ行った?」
「はい」
「…ふうん、そっか。がんばったね、皐月」
「僕は……どうすればよかったんですか?凛を、凛を…あの暗いところから救いたかったのに」
「皐月……それは無理よ」
山田先生は柔らかく否定した。どうしてと聞き返せば、困ったように眉を下げた。
それはね、皐月がまだ“助かってない”からよ。
僕は意味がわからなくて、首を傾げた。
「助かってないって……まるで僕がミイラ取りみたいな」
「そうよ。あんたたち、互いをちゃんと見なさい。皐月は凛を思いやりすぎなのよ」
「えー…?」
優しすぎる、なんて初めて言われた。アイにも、凛にも、言われたことがないのに。
こういう時だけ大人はずるいと思う。痛みに鈍感になって、僕たち子どもを置き去りにする。
……僕は、アイを置き去りにしたけど。
どうすればいいんだろう。凛に言った方がいいのかな。
でもきっと、彼は優しいから引き止めずに「お前が好きな方を選べ」って背中を押すのだろう。3日前と同じように、陰ではらりはらりと頬を濡らすんだろう。
「皐月、これでいいの?」
「いいから、もう」
飛行機の上から見る小さな大陸。そこには凛との思い出がたくさん詰まっている。
風邪を引いて看病したり、海で魚を釣ったりした。近くにある森で冒険ごっこなんてやってたら、家に着いたのが夜だとか、たくさんたくさんある。
ああ、まだ涙が出そう。僕は思い返していた。出発前の出来事を。
「……そう、帰っちゃうんだ」
山田先生に別れの挨拶に行ったら、すごく悲しい顔をされた。目に涙の膜があり、それに気づいて喉に異物感があった。
先生は静かに一粒だけ涙を落とした。少し赤くなった鼻を恥ずかしそうに擦って、照れ隠しに僕の髪をかき混ぜた。温かくて、泣きそうだ。
「あっちに行ったら、泣くんじゃないぞ!」
「なっ、泣きません!」
「どうかなあ、皐月は私に撫でられただけで号泣してたもん」
「あれは……ちょっと思春期だったんです」
「そりゃずいぶん早いことね」
山田先生はふふふと笑って、「また会える」と断言した。根拠はあるのかと聞けば、したり顔で運命だと答えてきた。
「運命ですか」
「なによその顔!あ…そういえば凛には言った?」
「……まだ。あいつに言ったら泣かれそうで怖いんです」
「違うでしょ。皐月ちゃんが泣いちゃいそうだからだろーほれほれ」
「……別に。じゃ、そろそろ行きます」
「ん!水泳、続けていたら絶対に凛にも私にも会えるからー!つうか続けろ!!」
わかったから叫ばないでほしい。めちゃくちゃ注目されて恥ずかしいんだけど。火照る顔を隠すために、俯きながら歩いた。
次は、凛に会いに行かなきゃ。
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