記憶の底のハピネス

初めて遙に会った時は、ただ速い奴ですごいとしか思っていなかった。

遙が言っていた「みずをかんじる」ことは、とても大切だと今でも思う。

聞いたその日から僕は、水を感じるようになった。外の世界はアイがいたけど、嫌いな母さんもいた。

だから僕は――水を感じることによって、嫌な現実から目を背けていた。


『おめでと皐月!またベスト更新だって!』

『マジ!?よっしゃあ!これでアイとリレーに出れるな』

『うん!皐月、バッタがんばってね』


母さんとの一方的な約束で、ベスト更新がなきゃリレーには出させないという条件を課せられた。

僕は「みずをかんじる」ことで、タイムの更新ができていた。遙のおかげ、だと思う。


『皐月、最近いいことあったの?』

『いいこと…?うーん…あっ!給食にところてんが付いてた』

『ふふ、なにそれ!皐月ってば、たんじゅーん』

『うるせえぞアイ!ところてんはおいしいだろ!』


今も昔もアイは柔らかな笑顔を見せていた。でも僕は――


「起きたか、皐月」

「……はる、か?」

「涙、出てる」


指摘されて初めて自分が、涙を流していることに気づいた。

遙は僕をじっと見つめてきて、何だか居心地が悪い。何か話して逸らそうと思って口を開いた。


「夢、見てたんだ」

「夢?」

「……うん、幸せな夢だった。遙はさ、覚えてる?僕と会った時のこと」

「……悪い、覚えてない」


やっぱり遙は忘れていたようだ。僕はそれに何故か安堵して、知らないうちに止めていた息を吐き出した。

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