すれ違う月と海は
休日の朝なのに山田先生から電話があって呼び出された。僕に伝えたいことがある、と。
初めて電話越しで聞く山田先生の声は、緊張と何かの焦燥感で震えていた。
「伝えたいことって、何ですか」
「まあまあ、とりあえず座って。オレンジジュースとリンゴジュース、どっちがいい?」
「……リンゴ」
スイミングクラブに着いたら、普段入ることができない事務所に通され、布製のソファーに座らされた。
ここに来るのは入会した時以来で緊張する。ギュッとTシャツの裾を握りしめた。
「あはは、そんなに固くならないでよ。かわいーね、皐月ちゃん」
「……それで、本題は」
「もう冗談も通じないのかしら?仕方ないわね、本題といきますよ〜」
「………………」
「凛がね、スイミングクラブ辞めるって」
え?
「ずっと考えてたらしいのよ。本当は中1の時に辞めるはずだったの。でも……あんたの水泳を見て、もう一度泳ぎたくなったって」
僕は何も言わない。言えない。
「皐月と話して泳いで過ごしていくうちに、辞められなくなったって。……でもね、皐月がどんどん速くなるのを見ていて、オリンピック選手を夢見ていた凛は辛くなったって」
そんな夢、聞いてない。
「それで、あんたとよく勝負していたじゃない?あれね、やっぱり別の誰かさんと重ねてたらしいのよ」
ナナセハルカ。女みたいな、名前。
「だんだん皐月が、凛の惹かれた泳ぎ方ができなくなるのを見て、堪えられなくなった――それが本音だと思った。私はね」
凛の惹かれた泳ぎ方ってなんだろう。
「あと伝言で何か言ってたけど、そんなもん自分で直接伝えろって切ったから分かんないや!」
「先生」
あ、やっと声が出た。僕の前でコーヒーを優雅に啜る彼女は、ん?と首をかしげた。
僕の震える声に気づかない今日の先生は、おかしい。
「凛は、水泳を辞めるんですか」
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