水死する母音たち

中学2年生になった。凛は今年で受験生らしいけど、毎日スイミングクラブに来る。なんでもナナセに勝つんだとか。
その闘志はいいと思うけれど、僕に勝負を挑むのはやめてほしい。……アイツと同じようになっちゃうから。


「皐月、フリーで勝負だ」

「……僕の専門はフリーじゃないんだけど」

「バッタだろ、知ってる。あいつはフリーしか泳がないから…仕方ねえんだよ」

「……山田先生、合図よろしく」

「はいはい、今日こそ凛に勝ちなさいよ!」


僕と凛の実力はわずかな差だった。ナナセの代わりである僕、ナナセに勝ちたい凛。
僕らはいつからこんな関係になってしまったんだろうか。
ブルーな気持ちになりつつ、飛び込み台に立つ。山田先生の声で一斉に水へ入る。

真っ青な世界で凛の気配だけを頼りに、前へ前へと進む。あっちの方がキック力があるから少し優勢だ。
でも、僕は持久力があるらしく1000だと勝つ。今は100だから…凛の勝ちかなあ。

凛の気配にぐっと近づく。クラゲのように気づかれぬ内に、背後へ回って一気に加速する――!


「はい凛の勝ちー。皐月、ラストで気ぃ抜いたでしょ。ダメよ〜油断大敵っ!!」

「……皐月、お前わざとだろ」

「え?あれれ皐月そうなの?」

「そんな。僕は生粋の負けず嫌いじゃないか。凛、おつかれ」


未だにじっと睨み付けてくる凛に、見透かされないようシャワー室へ逃げ込む。


「お前の……言う通りだ」


ぼくは、勝ってしまうことに恐怖を抱いていた。

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