水に浸される母港

あの日から凛は僕を公園に誘わなくなった。……まるで、小学5年生のあの時みたいだ。苦い過去が思い出され、水を掻き分ける力が強くなってしまう。
壁面に手を突いて顔を上げると、山田先生が眉間に皺を寄せて立っていた。今日も露出が多いことで。


「皐月ー、あんた最後力任せに泳いだでしょ!最近、おかしいわよ」

「……はい」

「やっだ、皐月が素直に認めた!ちょっと凛ちゃん聞いて!」

「なんですか山田先生…胸が当たるんすけど」

「やあね、当ててんのよ。あ、こら逃げるな皐月!」


山田先生に絡まれて顔を赤くした凛を見たら、無性に腹が立った。どす黒くて醜い嫉妬が、僕の胸で不完全燃焼を起こしている。
いらない、こんなもの。僕は辟易しながら、あの二人から少し離れた飛び込み台に立った。
水に洗い流してもらえばいい。醜い嫉妬や粘着質な羨望は、すべて霧散してしまえ。


「ありゃりゃ、ちょっとやりすぎちった」

「山田先生、あの」

「なあに、凛?」

「皐月とあいつのお母さんって、どんな関係なんですか…?」


以前フリーで泳いだ時に隣で涼しい顔をした、歳がひとつ上の男子がいた。あの頃の僕は純粋で、そのひとに聞いたんだ。どうやったら速くなれるんだ、って。

『おれはタイムにはキョーミがない。ただ…水をかんじられればいい』

『へえー!そーなんだ。ぼくもかんじられる?』

『……お前なら、できるかもしれない』

『まじで!?やった〜!××っ、ぼくも水がかんじられるって!!』

はしゃぐ僕、大人びた誰か、楽しそうに笑うアイツ。ああ、もう少しだ。壁を蹴ってターンに入る。

『皐月、ぼくも速くなれるかなあ?』

あの時、僕は何て答えたかな。

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