月は海から逃げる
走って走って、息が切れて肩は上下に大きく上がる。もう、立っていられない。後ろから走ってきた凛も、ぜえぜえと荒い息だ。
いつも見下ろしている凛を見上げるのは新鮮、だ。
涼しい風が僕たちの間をすり抜けていき、静寂が辺りを満たしていく。ああ、苦しい、ここは苦しい場所だ。
ゆっくり身を起こして立ち上がることができないから、凛の足元にすがりつく。
「っ、はあッ……りん、帰ろう…!かえり、たい!」
「はっ、ふう…皐月?どうした…?」
「かえ、る……!!ここは、いやだ!僕が、」
「皐月!落ち着けって。深呼吸しろ、な?」
指先がひんやりして血の気がないように感じる。涙で歪む視界に、困った顔の凛が映り込む。あれ、これは、凛…?
薄い影が凛にかぶって見えてきた。僕はその影を、姿を知っている。置いてきた幼なじみがいびつな笑みを浮かべて、凛に覆い被さる。
いやだ、いやだいやだいやだ!!凛、やだよ、アイツにならないで……!!ぼくは、ぼくは―――!
「皐月!おいしっかりしろって!!」
「やだ…こわい、やめてよ、お母さんもお前も違う……!凛、りんを返してよ!」
「俺はここにいるだろ!!」
おでこにガツンと強い衝撃が走った。いた、い。あまりの痛さに涙が一粒落ちてきた。違う、これは僕のじゃない。僕の涙はまだ目玉に張り付いている。
「りん……」
凛が、泣いてた。
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