見えないシャドウ

「ごめん、待たせちゃって」

「大丈夫だよ」

「えっと…、じゃあこのベンチで」


白いベンチに腰を下ろした。さて、どんな話だろうか。


「ええと、私の名前知ってるよね?」

「松岡江でしょ?」

「うん、こうって呼んでね」

「こう…?」

「うん。じゃあ、本題に移るね。言いたくなかったら言わなくていいけど…お兄ちゃん、オーストラリアで何かあった?」


何かあったといっても、僕と凛は一年と少ししか一緒に過ごしていない。濃い一年だったけど。心当たりとしてなら――


「推測だけど…僕が何も言わずに帰国したからかな。自惚れじゃなくて!」

「どうして、何も言わないで……」

「それは……逃げたかったんだと思う」


今、考えても自分のことなのに分からない。どうして別れの挨拶もせずに帰ったのだろう。彼をひとりぼっちにして。


「お兄ちゃんが何かしたの?」

「ううん、特に何も。ただ……僕自身が弱虫で傷つくのが怖かった」


そうだ、怖かったんだ。今更ながら思い出してきた。凛に競争しようと持ちかけられ、嫌嫌ながら泳いでいた。

でも……だんだんと、彼に追いついてしまいそうだった。追いついて抜いてしまったら、彼もまた同じように…。


「凛を追い越すことが怖かった。凛に勝ったら……もう一緒に居てくれないと思ったんだ」

「そんなの……お兄ちゃんはしない。多分、だけどね」


もし、そうだったら僕は何に怯えていたのだろう。影も実体もないものに恐れ、怖がって無様なことだ。

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