迷わずにおいで
ああ、今日は雨か。通りで頭がズキズキと痛むわけだ。鎮痛剤を服用してもあまり効果がない連れに、俺は毎度悩まされている。
この慢性的な頭痛と同様に、もうひとつ厄介な奴がいる。鮫柄学園の松岡だ。
しがない小説家(24)の俺ん家によく転がり込んでくる。うぜーマジうぜーと思うけど、高校生を邪険に扱うことなんて無理。
相手は俺よりも体格が良くて、現役の運動部生なのだから。何事も穏便に済ませたい平和主義の俺は、今日も松岡を受け入れるのである。

インターホンが来客を知らせる。開けてみれば予想していた松岡だ。何故か今日もびしょ濡れだ。雨の日はいつも濡れてくるんだよなあ。

「また濡れてるな…」
「…風呂場、貸して」
「……おー」

家に上がり込んでおいて何も言わねえのかよ!普通は「お邪魔します」とか「こんにちは」って挨拶するだろ。まあ、今更実行されても気持ち悪いけどな。
俺は息を一つ吐いて、PCの前に胡座をかく。とにかく今日中に書き上げなければ、今度の賞に間に合わない。

「っう……!」

激しい痛みが頭を襲う。いつもの雨の日とは違う痛みだ。心なしか身体も火照っている。風邪かな?とりあえず薬…飲まなきゃ……。
立ち上がった途端に、ぐらりと視界が歪んだ。あれ、地面が近づいて――



『あの…、そんなところにいたら風邪を引くよ…?』

雨が降る夕方、頭痛にしかめながら帰宅していると、道端でしゃがみこんだままの男子高校生を見つけた。髪は雨に濡れてつやつやしている。
俺がそう声をかけたら、のっそりと彼は顔を上げた。綺麗だった。髪と同じように目は赤くなっていて、少し腫れているように見えた。

『…大丈夫っす』
『……はあ。とりあえず、来て』
『は?ちょっ、何して……!』
『俺ん家に行くんだよ。君、ずぶ濡れだから』

松岡は意味わからんといった顔だったけど、強引に家へ連れ込んで狭い浴室に押し込んだ。1DKだから仕方ないのだ。
出てきたら俺のシャツを貸してあげた。ちょっとぴちぴちなところは、見なかったことにした。

『はい、粗茶ですが』
『ども。……なんで、俺を連れて来たんすか』
『えーっと…なんだろう、ナンパをしてみたかったから』
『はあ…?男相手に?』

松岡は呆れたように笑った。なんだ、そういう柔らかい顔もできるのか、と見つめていたら、『…何すか』と居心地の悪そうな顔になった。

『いや…、さっきの笑った顔がいいなって』
『はあ?』
『あ、そういえば名乗ってなかった。俺は名字名前。君は?』
『……松岡凛』
『そっか。はじめまして、よろしく』

そう言って手を伸ばしたら、松岡は少し泣きそうな顔になって握り返してくれた。


目を開けたらあの日と同じような顔をした松岡がいた。

「おい名前?大丈夫か!?」
「まつおか…?ふろ、あがったのか…」
「まだ入ってねえ。急にデカイ物音が聞こえたから、出てきたんだよ」

そうか、通りで松岡はまだ制服のまま、冷たい体温なのか。納得したところで身体をゆっくりと起こそうとしたら、奴の長い腕によって阻まれた。
なんだよ、急に。そう思って頭上にある顔を見たら、あの時みたいに泣きそうな表情だった。
何か言いたいけど言えない、下唇を噛んで堪えている。瞳には、もう涙が溢れんばかりに溜まっているというのに、じっと我慢している。

「何か、言いたいのか?」
「別に、なんもない…」
「なんもないわけないだろ。目、うるうるさせておいて…」
「……だから、なんもねえって!」

松岡の頬に触れようとしていた手を撥ね付けられた。呆気に取られている相手の頭を、無理矢理抱き寄せた。
途端、ぐすぐすと嗚咽が胸の中から聞こえてきた。やっと開いてくれた。
冷たい、赤と紫が入り交じった色の髪を指先で遊びながら、理由を聞いた。

「お前は、覚えてないかもしれないけど…、昔、会ったことあんだよ」
「つい最近じゃなくて?」
「ああ。俺が小学生の時…あの雨の日みたいに、雨に濡れていた。あの時は、迷子で途方に暮れてたけど……」

『大丈夫?』
『はい。あの…ここってどこですか?』
『ここは岩鳶町だよ。もしかして、隣町の子?』
『いわとび……。たぶんそうだと思います』
『迷子かー…。俺は名字名前。名前は?』
『松岡凛です』
『凛ちゃんか。よし、お兄さんが連れて行ってあげよう』

思い出した。まさか、あの小学生が松岡だと…?当時、あの時の俺は高校生で、今みたいにまだ根暗ではなかった。
松岡だって、今みたいに尖ってなかったし。

「…ごめん、俺ずっとお前のことを女の子だと勘違いしてた……」
「だから凛ちゃんなんて呼んでたのかよ」
「えへへ…すみません」
「……別に、もういい」

ふいっと顔を反らした松岡の耳朶は赤くなっていた。いつの間にか、頭痛が無くなって気分も良くなった。

「凛ちゃん、また会いに来てくれたんだな」
「当たり前だろ、バーカ」

幸せそうに笑う凛を優しく抱き締めた。きっと雨の日が俺たちを結びつけたのだろう。
それはとてもしあわせだ。

『じゃあね、凛ちゃん』
『ありがとうお兄ちゃん。…お兄ちゃん!』
『ん?どうかした?』
『あの…、大きくなったら、会いにくるから!』
『おう。またな』

楓のように小さな手のひらをひらひらと振る凛は可愛らしくて、俺も無駄に大きく振り返していた。


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心葉さま、お待たせしました!
お礼にも足らない代物ですが…満足頂ければ幸いです!
何となく…偏頭痛持ちの男主×凛っていいなあという変な妄想からできた作文です(笑)

3/3
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