「黄瀬君は、憂のことどう思っているんですか」
「どうって…。残念な美少女ってやつ?」
「あながち、間違えじゃないですね」
黒子くんは無表情のまま、モップを動かす。そして、俺にしか聞こえないぐらいの声の小ささで、ぼそりと呟いた。
あの日に戻れるなら
「あの日?」
「…ボクと憂はまあまあ仲が良かったんです。よく喧嘩もしましたが、二人とも頑固で意地っ張りだから、どちらも謝ることがなかったんです」
「……なんか、分かる」
確かに二人は見ていて頑固で意地っ張りだ。喧嘩してもどちらも謝らないだろう。
「でも、次の日になったら、憂はけろっとした顔で『おはよう』と挨拶するんです。昨日まではあんなに怒っていたのに」
無表情の黒子くんだけど、少しだけ、笑っているように見えた。俺はその話を遮ることなく、静かにモップをかけながら聞いていた。
「そんなボク達でしたが、帝光に入学してから憂が教室に登校しなくなったんです」
それから屋上に籠るようになったのか。モップの房を見ながら、彼女の顔を思い浮かべる。
「きっと、クラスに馴染めなかったんでしょう。当時のボクは、部活で少し焦っていました。誰にも頼ることができない彼女を、突き放してしまった」
「……そうだったんだ」
「これで、ボクの話は終わりです。暗くなってしまいましたね」
「素直に謝ったら、どう?」
それを聞いた黒子くんは、一瞬瞠目したが、首をゆるゆると横に振った。一年という歳月は、深く彼らの間に横たわっていたのだ。
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