ここ数日、憂ちゃんは屋上に訪れなかった。学校自体に来ていないようで、黒子くんも「電話にも出ないんです…」とすごく心配そうだった。
俺もメールか電話をしようと思い、ケータイを取り出して思い出した。
「…何も知らないじゃん」 空に飛び込む
憂ちゃんが屋上に来なくなってから、1週間。今日も今日とて、俺は屋上に足を運ぶ。
ドアノブを握った瞬間、誰かがいる気配を察知した。急ぐように開けると、いつものように、彼女がフェンスの向こうに立っていた。
あの最初に出会った日と同じように、下を見下ろしていた。
「憂ちゃん…!」
「久しぶりだね、黄瀬涼太」
「なんで先週ずっといなかったんスか」
「……飛ぶ準備をしてた。準備体操ってやつだよ」
「準備体操?」
彼女は振り向かない。フェンスの網を握りしめて、彼方を見て立っていた。なんとなく、彼女の言う『準備体操』が予想できていた。
だから、初めて俺はフェンスの向こう側に向かう。
「黄瀬!?何してんだよ!!」
「俺も飛ぶから」
その言葉に、憂ちゃんは眉間に皺を寄せ、「何言ってんの」と言った。
「何って、『飛ぶ』んだよ」
「ふざけんな!早くあっちに行けよ!黄瀬が来るようなところじゃない!黄瀬みたいな…人間が立つ場所じゃないんだよ!!」
「俺、知ってたんだよ。憂ちゃんが、『飛ぶ』勇気がないってこと」
核心を衝かれたのか、彼女はびくりと肩を揺らした。その隙に、距離を詰めて逃げられないようにする。
「そんなこと、」 「あるよ。俺、黒子くんよりは洞察力ないけど、憂ちゃんはよくフェンスの網を握ってた。これって、本当は怖いんだよね?」
『飛ぶ』ことが。
「……黄瀬」
「ん?」
ようやく諦めてくれたか。そう胸を撫で下ろした刹那だった。
「ありがとう。僕、『飛ぶ』ね」
彼女がニコリと微笑んで、視界から消えた。
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