2013/10/05 23:58
うそとまこと
渚と男の子
「きみの名前は?」
「ぼくの名前は……ウソだよ」
「ウソ?ふしぎな名前だね!」
初めてウソちゃんに会ったのは、岩鳶スイミングクラブの帰りだった。ウソちゃんはシャツに短パンで、白いハイソックスからは、可愛らしい膝小僧を覗かせていた。
ウソちゃんはだれかを待っているようで、じっとドアを見つめていた。残っているのは、コーチたちと七瀬くんと橘くんだけ。
「ウソちゃんはだれを待ってるの?」
「……まこと。弟の橘真琴を待ってるんだ」
「橘くんを…?」
よくよくウソちゃんを見てみると、どことなく橘くんに似ている。茶色の髪や目が緑色なところ、でも橘くんより少し線が細い。
ほんとに兄弟なのかな。僕がふしぎに思っていたら、橘くんたちがドアの中から出てきた。
「あれ、葉月くんまだ残っていたの?」
「え、えと、ウソちゃんって子がだれか待ってるみたいで」
「ウソちゃん?」
七瀬くんが首をかしげた。こくりとうなずいたら、橘くんはまゆ毛を八の字にした。
「僕、知らないな」
「え…?橘くん、知らないの?お兄ちゃん、なんでしょ?」
「……葉月、それ以上聞いたら、」
「そう、みたいだね。でもね、僕が生まれる前に死んじゃったみたいなんだ。名前もついていたのに」
「名前?」
隣に立つウソちゃんは顔を伏せていた。ねえ、死んじゃったってどういうことなの。
橘くんはその名前を大事な宝物を見せるように、ゆっくりと教えてくれた。
「僕の兄さんの名前は――」
あれから4年が過ぎた。僕は人よりも霊感が強いらしい。マコちゃんやハルちゃん、リンちゃんが見えないものを見えてしまう、少々厄介な力?を手に入れた。
そして一番厄介なことは、マコちゃんのお兄さん――橘理英(りえ)が見えてしまうことだ。
……女の子みたいな名前だけど、れっきとした男の子な点が僕たちと似ているよね。僕は本人の希望である『ウソちゃん』呼びは続行中だ。
そんなお兄さんは、あの日からずっと僕だけにしか見えない存在だった。でも、ウソちゃんは視ることができる僕じゃなくて、できないマコちゃんを選んだ。
「ウソちゃん。ウソちゃんはどうして成仏しないんだろうね」
「ぼくもそう思う。でもなぎさと居られるなら、別にいいよ」
「ふふ、ほんとはマコちゃん目当てでしょ」
「バレた」
「ウソちゃんは嘘つきだねぇ」
中学生になってから英語を本格的に学ぶことになった。ふと開いた英和辞典で、嘘の英単語が載っていた。
Lie――ウソちゃんはこれをりえと呼んだのかな。もしそうだとしたら、いつ英語を知ったんだろう。
ウソちゃんと僕は同じベッドの上で寝ている。ごろごろ二人で寝転んでいたら、ウソちゃんが起き上がってこちらを見下ろした。
「ねえなぎさ、なぎさはぼくを祓ったりしないでしょう?」
「もちろんだよ。だって今までもそうだったし」
「そっか、よかった」
なんていうのは嘘だけど。僕は一週間後に、ウソちゃんを成仏させなければいけない。もうすぐ、ウソちゃんと会って5年目になる。その前に成仏、させなきゃ――
「なぎさ、おいしそう」
――彼が悪霊になってしまうから。
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退魔師の渚と悪霊の男の子。設定とかネタとか、たまに転がり落ちてくるけど、オチをつけられないからこうしてゴミ箱行きになる。
ウソくんはどうなるんでしょうかね〜〜(他人事)
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