創作

ずいぶん遠くまで来たように思えるけど、まだここは日本で九州のどっかの田舎なのだ。
生い茂る緑を掻き分けて、先を歩む白い背中を追いかける。手がびりびりと痺れるし、鼻はもう痛覚すら伝えないし。
状況は最悪で、いますぐ帰りたくなる気持ち。
でもとにかく足を進めなきゃ。じゃなきゃここから逃げられない。わたしは、捕まってしまう。

「ねえ※、まだ、なの?」
「おや、もうバテてしまったのかい、#。」
「そうじゃなくて…。」
「見て、星だ。」

見上げれば木々の合間から覗く漆黒の海に、白く光を放つ星が浮かんでいた。わあ、と声を弾ませるわたしを見て、※は笑った。
「ようやく笑ってくれたね。」と、※の声にわたしははっとなった。直ぐ様緩んでいた表情を引き締める。

「…はぐらかさないでよ。」
「あははごめん、ごめん。だって仏頂面だったから。」
「……。ねえ、このまま逃げてくれるの?」
「…さあ、ねえ。それは分からないや。」

神の手によって決められるんだよ、とまた誤魔化された。
白いカッターシャツが風になびいて、わたしはそれを睨み付けることしか出来なかった。

「見て、ほら。」

今度は幾分かトーンを落とした声で、わたしに手のひらを見せてきた。そこには古いナイフがあった。

「手にはもう、何も残っちゃいないよ……。」
「じゃあ、握ればいい。わたしの手を。あなたのそのさみしい手のひらに、貸してあげる」
「そうかい、それはいいものだ。」

触れた手が冷たいと感じて、わたしは驚いた。※の顔を見たら、涙を堪えているような表情だった。
泣けばいい。そう言ってわたしは胸に、脱色で傷んだパサパサの頭を押し付けた。
真っ白な背中、むかしは翼があったのに。いまは何も残っていない。

「わたしにも…もう、何も残っていないよ。」

呟いた言葉は冷気を孕んだ風に吹き消された。






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