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『光一の…友人?
学校の?』
「あ、はいっ」
電話の向こうのその人は、
なぜか
俺が光一の友人だと言ったことに対し
疑問をいだいたようだった。
『光一に…友人…』
(…なんだよ
俺が光一の友達…じゃ悪いってのか!?)
「あの…光一くんは…」
いつまでも
光一とかわろうとしない相手にしびれを切らした俺は
電話の相手に
交代をうながした。
『あぁ……………』
おそらく返事だと思われる声をもらして、
その人は固まったように言葉を発さなくなった。
(なんだよ
なんの嫌がらせだよ!!
さっさとかわれよなぁ〜!!!!)
相手にぶつけることのできないイライラを、
その場で足踏みをして発散する。
『………………光一は………いない』
「えっ」
(…嘘…だ。)
なんでだろう
わかってしまった。
言いづらそうにしていた長めの沈黙とか
急に変わった話し方とか
(なんで…
嘘なんか)
俺が
光一の友達じゃ
駄目だってことなのか?
「…………っ」
(なんだよ…それ)
「―京兄?」
(…!)
急におとなしくなった俺の様子に
違和感を覚えたらしい紗希が声をかけてきた。
「………」
俺は
紗希に返す言葉をみつけられなかった。
『申し訳ない。
…また
かけ直してください。』
(………あ)
いくら自信があったとしても
ただのカンだ。
証拠なんてない
(ばかみてーだな。
俺…)
返事を返すのがおっくうで、
何も言わずに受話器を置こうとした。
『父さん
電話誰から?』
(――……!)
あまりに
聞き慣れた
優しい声。
「光一…!」
聞こえるわけもないのに
思わず
名前を呼んだ


俺の声を聞いて、
電話の向こうのその人は軽く舌打ちした。
『光一は…
いませんよ』
あきらかすぎる嘘に
ぶちっと何かが切れた音がした。
「今、声したじゃないですか!!光一の!!」
「ちょっ…京兄!?」
俺が受話器に向かって怒鳴ると、紗希が駆け寄って来た。
『―…しつこいな、もし居たとしても息子に変わる気はない!』
「はぁ!?それはおかしいだろっ
なんで変わんないんだよっ!?」
完全に冷静さを失った俺は、敬語を使うのを忘れてしまった。『……なんて言葉使いだ
だから公立中学は嫌なんだよ』
はあ、とため息をつく音がする。
「…なっ
なんだよそれ、今、関係ないだろ…ですよ…っ」
『…あるんだよ。
私の息子はね、君とは違うんだ。
医者になるために生まれたんだから』
「―は…?」
急に現れた、
場にそぐわない単語。
(医者?)
「なんで光一が、医者になんか…」
『君は光一の友人だと名乗っておきながら、そんなことも知らないのか…
あの子はな…』
どくん、と心臓がひときわ大きく脈うった。
電話に出たその人は、光一の父親で。
大きな病院の病院長をしているらしい。
光一は、その家の長男。代々家族で運営してきた病院の後継ぎなんだとか。
小学受験もしたのに、光一が望んだから公立中学に通わせているんだってさ。
――つまり…
『公立中学なんかに通うような子と親しい関係にはなってほしくないんだよ』「――……」
声が出ない。
出す気力が無い。
真上から突き刺さったみたいに
鋭い、拒絶。
「京…兄?」
紗希が心配そうに俺の顔を覗き込む。
『…もう、連絡してこないでくれ。
それが、光一のためなんだ。』
低い声が耳にじんわりと広がって、
ガチャリ、と通話の切れる音がした。
なにか
なんだかわからないなにかを言いたくて半分開いたままの口。
眉を寄せる紗希を僅かながら視界に入れ、うろうろと泳ぐ瞳。
ツー…ツー…
どんなにどんなに待ったって、もう、つながらない。
俺はゆっくりと受話器を置いた。
「…京兄…?
なんか、あったの…?」
紗希の居るほうに向き直って。
(はやく、言わないと)
"別に、なんでもないよ"
(……っ)
声が、出ない。
喉が震えている。
「……ご、めん」
「え…?」
喉の、ずっと奥。
かすれた、
しぼり出した謝罪に、俺の妹は目を見張る。
今の俺にできる精一杯の笑顔をつくって。
「なんか、
光一…桜場は、塾でいないんだってさ。」
「…そー…なん、だ?」
紗希の顔がみれなかった。
「―あ、俺宿題あるんだった」
俺はそう言ってから
振り返り、リビングをでた。
階段に足をかける。
手すりに右手をかけ、体重をあずけて。
足で持ち上げ、手で引き上げるようにして
階段を上る扉を開けて
自分の部屋に入る。
本棚にぎっしりの漫画。
それでも入りきらずその横にいくつも詰まれている。
ベットの上には鞄。
勉強机の上には
光一のノート。
カーペットのしかれた床を歩く。
ベットの前までくると、俺は小さくジャンプしてそれに飛び乗った。
ばふっと空気の抜ける音。
布団がやわらくて気持ち良い…
(光一…が、医者の息子…ね)
「…はは」
あまりにしっくりきすぎて笑えた。
『公立中学なんかに通うような子と親しい関係にはなってほしくないんだよ』
(どこまで親バカなんだよ…)
漫画か、ドラマのキャラクターみたいなことを当然のように言うもんだから
正直、
「ばっかじゃねーの。」
以外何も言えない。
『もうかけてこないでくれ』
(はいはい
しないよ。かけないかけない。
それで満足ですかー)
シャツにシワが入るとかどうでもよくて。
(つーか、
医者の子だからって
なんで俺と仲良くしちゃダメなわけ?)
誰と仲良くするかは
(光一が決めることじゃん)
『ありがとう…京平』
そういって笑った光一は
きっと俺と一緒にいることを望んでる。
きっと
そのはずだ。
(…でも)
もし、
そうじゃなかったら?
(――って、なんでそうなる…
光一と俺は普通に仲良いんだし)
でも。
だって。
もしかしたら。
(…なんでこんなに
悩まなきゃなんねーんだよ)
ため息をつくと、全身から力が抜けた。
(あーもー
めんどくさ)
いいや。
どうでも。
(光一以外に仲良くしてるヤツいっぱいいるし)
光一だって、
俺みたいな馬鹿より
頭がよくて
医者とか弁護士とかの子供のが話合うだろうし。
もともと
おかしかったんだ。正反対の俺達が
友達になるなんて
(…はっ)
親父に反対されたのに反抗してまで
一緒にいる理由なんて
俺達には、
ない。
「………………」
その日の夕食は
オムライスだった。
いつも食べているのと変わらないはずなのに
なんとなく
味が薄いような気がして
ケチャップを多めにかけて食べた。



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