別に、行くなと引き止めて欲しいわけじゃない。でも、桜場光一って奴はねちっこくてうっとうしくて。俺が何言っても動じない、世界で一番うざい教師なんだ。…たぶん。
だから、そりゃあまぁ今までとは比べものにならないけどあーゆー感じのコトをした後だって堂々と当たり前みたいに普通に接して来ていて。もしかしたら、彼は俺が言った言葉に
(…ちょっとは…傷付いてたのか?)
浮かぶのは、今日一日中。ずーっと変わらない能面。眉間にシワを寄せるぐらいしか表情を変えなくて、たまに喋れば文句か嫌味か…俺をからかうための甘くどい、…愛の、囁、き…と…か?思い出しただけで頭痛くなってきたよ。ホントに日本人なのかアイツは。
ゆっくりと腰を持ち上げる。アスファルトの上にとんっとスニーカー。ずっと座っていて体がなまった感じがした。
「んーっ!」
とわざと大きめの声を出して伸びをする。ちらりと車内のアイツを確認すると、桜場はやっぱり前を向いたままで。
「…ドア」
「!…え?」
「閉めてくれるか」
「あ、あぁ…ごめん」
ついに口を開いたかと思えば。
(なんだ、…それだけか)
頭の中でため息をつく。
(――って俺は何を期待してたんだよ)
ドアに手をかける。これを閉めれば、今日のデートっぽいやつは終了。早く閉めればいいんだ。
(桜場は俺のことが好きで、あんだけ嫌だって言ってもやめないのはやっぱりすげー好きっていうことなんじゃないのか。いやでも、別にそれが嬉しいとか自惚れてるとかじゃなくてただの事実っていうか、だから、そうじゃなくて)
ぐるぐるぐるぐる。
頭の中で回る言葉達がうっとうしい。ごちゃごちゃ考えるのなんかめんどくさい。
お前は桜場光一だろうが。こんなことで黙り込むなんて、らしくなさすぎる。
ぎりり、と汗で滑る手を結んだ。
「きょ、今日、は」
「?」
どくんどくんと何かが迫って来るみたいにゆっくり鼓動が速くなる。
「みたかった、映画、見れた、…し」
下から上へ、体の温度が上がっていくのがわかった。たぶん今は顔が赤い。
「ポップコーン、久しぶりで、…うまかった」
(恥ずかしい、アホか俺)
「車、高そうだなーとか、」
(違う、話それた)
「わ、わざわざ遠い映画館まで、行ってくれた、し」
そうだ、生徒と教師が二人で居るとこ見られたらまずいって、それで。
「すげーボロかったし、初めは嫌だったけど、でも、」
(いつまでそっち向いてんだよ)
喉自体が揺れてるみたいに、声がふるふる震えた。視線を奪う黒い背中を、俺はいつまで睨んでいたらいいんだ。
「きょ、今日っ…は、」
(こっち向けって馬鹿教師)
「った、楽しかっ…、!」
振り返った桜場と、目が、合っ―――
(わ、わわわ、なんか、なんか、嫌、だっ)
「え!?清水っ!?」
桜場さんが俺のことを呼んだ。そりゃまー突然走り出せば驚きもするよね。
「馬鹿、お前無理するな!」
「え、わっ?!」
ズキィイィッと体の下の方に重くて鋭いいやぁ〜な痛み。
(そーだっ、た)
俺の体は大仕事終えた後だったねーあははのは。おいおいアスファルトが近づいてきたよ。これはまずいな、倒れる――…ッ
「清水!」