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「ッ…ふっ…っん」
俺の胸の辺りに顔を埋(うず)めていた桜場は、シートの上の俺が乗っていない僅かな部分に手をついて体を進めた。んでもって、ちゅっと音をたてて口づけを落とす。

「っ…何、すんだよ…っ」
こんなことまでさせといてキスごときで今さら何言ってんだとかは聞こえない。俺は男同士でキスなんて絶対おかしいと思っているんだ。それは揺るがない。揺るがない揺るがせてたまるか馬鹿野郎。

「……別に…?」
「っわ…ッ」

かぷりと俺の耳を唇で挟んで、くにくにと軟骨を刺激する。ぞくぞくと背筋を寒気みたいな物が優しく撫でて、桜場の喉の奥の奥から漏れ出した吐息は鼓膜を微かに揺らしてから俺の中に入って全身を熱くした。

「ぅ…ッぁ、はぁ…ッ」
俺は無意識に目を細くしていて、目尻にじんわりと熱が集まるのを感じた。

「クスッ…お前は本当に耳が弱いな」
「!…っッ」

かぁ〜っと顎から額までゆっくり朱に染められる。
「ぅる、さ…ッ!」
薄い皮で包まれた鎖骨にかぶりついた桜場に、ざりりと舌を滑らせられて強く吸い上げられると声がうまく出なくなった。くぼんだところを舌先でぐりぐりと押されて息が詰まる。

「っは、ぁ…ッさく、らば…っく、ふぁ、あ…っ」
抵抗を込めて名前を呼ぶと、桜場はちゅぷっと水音がなるほど深い口づけをして俺を黙らせた。
「ふ…っん、は、…っんん…!」
酸素を求めて口を離しても、またふさがれて舌を桜場の口の中に引きずり込まれる。ちゅぅ…っとキツく吸われるのもくちゅり、と歯を立てられるのも

「ッん…ン!」
慣れているワケが無い俺の背を大きくしならせた。


 左手で俺の胸を撫でて、ク、と尖りを押した。

「っ!」
キスが終わらないせいで、桜場の口の中で声を漏らすことになってしまった。時折彼の眼鏡が鼻にぶつかるのがうっとうしかった。
「ンんっ…んぁ…ッ!」
指先でカリ、と引っ掻かれるとパチッと真っ黒な視界に光が走る。まだまだ春半ばだっていうのに、真夏のように桜場の車の中はあつくて、車体にぶつかって響く変な音が俺の頭を掻き回していって、もうなにがなんだかわからなくなって

顔を右に傾けて深く甘く強く緩く熱く濃く、食らい付くようにキスをする数学教師に合わせるように少し頭を傾けた。足の上にがっちり乗られてしまったら、抵抗する方法なんて俺には見つけられなかった。理由のわからない涙が、目尻にとどまるのをあきらめて滑り落ちた。
熱帯びた頬に触れた少しだけ冷たい感触。

(なんで、泣いてんだ…)
桜場の舌は、トロトロ俺の口に溢れた透明な液体をかき集めて自分に取り込む。すでにこぼれたものはあきらめたようだった。コクッ、と喉を鳴らす音がして、とどめだと言わんばかりに舌に痛いくらい吸い付かれた。長い長い口づけは終わりを迎えて、桜場は大きな手で俺の太ももを撫でた。



 



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テーマ「人外ファンタジー」
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