その日は一人で寮まで帰った。
部屋の戸を開けると中は真っ暗で
後藤はまだ帰ってきている様子はなかった。
(…ふぅ…やっぱ気まずいよな…)
なるべく今日は顔を合わせないように早めに着替えて食堂に行こうと、部屋の戸に手をかけるとその奥から話し声が聞こえてきた。
「オレ絶対あのアイドル売れると思うんだよね!!」
「ったく、ホントに女好きだよな、お前は」
どうやら、後藤と長谷川らしい。
(やっべっ!!隠れねぇと!!!)
とたんにそう思って隠れた先はベッドの陰。
我ながら、かくれんぼの才能は皆無だと思う。そんなこと思っていると、後藤たちが部屋に入ってきた。
「…清水はまだ帰ってきてないのか」
後藤が着替えていると長谷川が呼びに来た。
「おい、渚、早く飯食いに行こうぜ」
「おー。…なあ、今日の清水と桜場おかしくなかったか?清水、なんか桜場かばったりしてたし、自分から桜場のとこ行ったりするしさ」
「…そーだな」
「アイツ、オレらに何か隠してることでもあんのか?」
一瞬、心臓がビクッと鳴るのが聞こえた気がした。
「オレ…聞いちゃったんだよ…桜場ん家って…極道一家なんだろ?」
(ぶっ!!なんだその噂!)
「もしかして、清水が何か弱みでも握られてるんじゃないかと思って…」
「そー…かな?」
長谷川は少々あきれ気味だ。
「もし、そうなら今度こそ桜場殴りに行ってやんねぇと!!」
「お前、それは…」
「それはダメだろ!!」
「「あ」」
「あ…」
その時の俺は、
広がり続ける後藤の妄想につっこまずにはいられなかったのだ…
(…しまっ…た…)
勢いあまって飛び出してしまった。
(最悪だ…盗み聞きしてたのばれちまった!!)
でも、『桜場を殴りにいく』っていう発言は聞き捨てならなかったというか…っ
「……」
眉をよせ、眉間にシワをつくる長谷川。…ごめんなさい。怖くてあなたがみれません。長谷川から目をそらすようにしていると 目を丸くして、『何が起きたのかわからない』という顔をしている後藤とバッチリ目があった。
「…清水」
「あっいや…えっと」
「…お前…ずっと聞いてたのかよ」
長谷川があきれるように
冷たく言った。…この2人に言い訳なんて通じるわけがない。
「……ごめん」
観念して俺は顔を伏せながら謝罪の言葉を述べた。
「…えっと…」
後藤はなぜか頬を染め、ぽりぽりと首元を右手でかいた。
「……清水は…知ってたのか?」
「―えっ…な…なにを」
後藤はまっすぐ俺をみつめている。急に落ち着いた声になったから、ドキンと心臓が高鳴った。
「……だから」
(なに?なにが?ヤバい…なんかすげー怖いんだけど…っ)
「…桜場の、家のこと。」
「…………………」
「―え?家?家って」
俺は目を見張った。いろんな意味で嫌な汗が背中をつたう。
(オイオイマジですか後藤くん!?)
ガシッと後藤は俺の両肩をつかんだ。
「だからっ桜場の家が極ど」
「―ぶはっ!!」
狭い寮室に誰かが吹き出す音が響いた。俺じゃない。後藤なわけがない。
(―ってことは)
「ぁはははははっ!!ハハハッ!!ぶくくっ…わっわりィっ!も、ムリ、こらえらんねー…!」
目尻に涙を光らせ、両手で腹をおさえて笑い続ける男が。
「―な、なんだよ、啓太っ!オレは真剣に」