低い声が
脳に直接ひびく。
「…清水」
「さ、桜場…っ」
鋭い瞳が黒ぶち眼鏡を通して俺だけをみつめる。細い指がのびてきて俺の頬に触れた。ひんやりと冷たくて気持ちいい。
(に、逃げないと…)
理性が働く。それなのに、体は固まったように動かない。
「清水」
「ばか、やめろって、
っわ!?」
長い腕に抱き寄せられ、俺の体はすっぽり包み込まれてしまった。
「ちょ、さく」
「清水」
(名前、呼ぶなよ…!!)
俺を抱きしめる力がどんどん強くなっていく。
「いっ…苦しい!!離せよ!!」
「清水…好きだ」
かっと顔が熱くなる。
「っ…桜場っ…」
抱きしめられた体に汗がにじんで心臓が痛いくらいに波をうつ。
「ふっ…」
そいつは途端に体を震わせて笑い出した。
「え?桜場…?」
「くくく…お前、何本気にしてんだよ」
そいつの口元が不気味につりあがる。
「16のガキなんて相手にするわけないだろ。生意気だからからかってるだけだよ。…まさかキスぐらいで真っ赤になるなんてな。
…もしかして初めてだったか?」
「ッ…!!」
泣きそうになるのを唇をかんでこらえる。
悔しい
悔しい
悔しい
ふざけるな
馬鹿にするな
「っ…俺はっ…」
「何?言ってみろ。清水…」
いつの間にか押し倒されていた。ゆっくり顔が迫って来る。
「な、まえっ…呼ぶ…なっ」
「好きだ」
嘘つき。お前は何も覚えていなかったじゃないか。
「好きだ」
嘘つき―…
目を開ければ。そこには見慣れた風景が広がっていて。
「んん…オレはハンバーグぅ…」
俺のベットの中。俺の上に体の半分をのせている後藤。…これもいつものことなのだ。
1つの部屋に男2人。2段ベット。上が後藤。下が俺。後藤はときどき夜中に起きてトイレに行き、はしごを登るのを忘れて俺のベットに侵入してくる。
「っ…後藤ッ!!!!てめぇいいかげんにしろ!!!」
最悪の目覚め。最悪の朝。1日が始まった。