馬鹿だと笑えばいい。
笑ってくれ、いっそのこと。
「待て!」
「待てと言われて待つやつがあるかぁぁあっ」
(馬鹿か、馬鹿だろ、なにやってんだ俺、頭おかしくなったのか)
俺が今なにをしているかと問われれば、俺は一次一句間違うことなく答えるだろう。
"全力疾走"と"後悔"。
この二つを俺の持ちうる全ての力を振り絞って行っている。ビー動詞プラスアイエヌジーだ。
そんな機会は無いに越したことはないのだが、こういう走らなくてはならない状況では本当に体力のない自分自身が憎らしい。例えば金髪の某腐れ縁バカのようにでっかい体で、運動神経抜群ってなったら見える世界も違うのだろうか。
黒髪黒淵眼鏡黒スーツの数学教師と人目もはばからず鬼ごっこ、なんてしなくてもよかったのだろうか。
「清水、お前な…!」
「っ」
ぐらぐらと思考がたわいもないことに揺れていると、数学教師がすぐ後ろまで迫っていた。ぎ、と歯を食いしばって素早く振り返る。足じゃ勝てねぇ。…悔しいけども
「うるさい黙れ寄るな公害ッ!」
「酷い言われ様だな」
はぁはぁと荒れた息に肩を揺らしながら、あいつが口を持ち上げ歪ませたのがわかった。
向き合うと、ぶわっと顔が熱くなった。珍しくアイツが額を汗で濡らし、黒髪が数本顔に張り付いている。
「…っ」
つい、と思わず顔をふって視線をそらした。見られている左耳の温度がじくじくと熱を帯びて、簡単に赤くなる。
「いい加減認めろ」
「な、にを」
ばくっと波打つ鼓動が伝わってきて舌が震えてろれつが回らなかった。
「オレが好きだろ」
反抗しようと口を開いた。のに、ぱく、と声が出なくなったように唇の離れる音がしただけだった。
(ふざけんな、誰がお前なんか、そんなお前みたいなむかつくやつ嫌いだって何度いえばわかんだよ、ってかなんか息が)
息がうまくできない
「清水」
がつがつと痛みだした頭では音声がうまく取得きないらしく、なぜか桜場の声だけ孤立して俺に届く。
そうやってお前は俺を追い詰めて。自信満々な言葉を吐きながらどこか諦めにも似た感情を溶かした顔をする。
どうすればいいかなんて聞くまでもないのにわからない。
「お、れは…っ」
自分の感情を音にするのは、こんなに難しいことだったかな