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予想していたよりも幾分か軽かった。

「わ、悪い」
京平は少し言葉を詰まらせてから謝罪する。最近のコイツはどうにも様子がおかしい。落ち着きがないとも云う。
生徒や他の先生と居る時はそうは感じないのだが。オレの気のせいであることを祈るばかりだ。
緩くウェーブのかかる栗色の髪の隙間から覗く耳は何故か赤みを帯びていた。
そういえば、清水とも似たような境遇になったことがあったな、と懐かしく足元に散らばるワークを見つめながら思った。

「清水?」

残念ながら聞き慣れた、声色まで明るく眩しい男の声。後藤が口にした名がオレにとっては予想外だった。
声の発生値へ視界をスライドさせると、予想外の相手が想定外の距離に居た。というか現在進行形で歩み寄って来ている。なんだろうか、この威圧感は。
「し、清水」
オレが反応するよりもずっとはやく京平が彼の名を呼んだ。

オレは自然と彼を見下ろしてしまう。『清水』と、彼を呼ばなくてはいけないような、理由のない使命感にかられ口を開こうとするけれど

―ガッ、と、乾いたような鋭い音が鼓膜を斬るようにかすめた。ぎらりぎらりと、やけに蛍光灯の光を吸い込む彼の瞳に、突き刺されるような錯覚が降ってきた。シャツの襟元をつかまれたのだと気付いたのはその時だ。みちみちとどこからかちぎれそうな衣服の悲鳴がする。そんなことを考えている間にも、酸素を必要をする喉も軽く圧迫され、呼吸ができないというほどではないが、オレよりも随分と小柄な彼に、体を持ち上げられてしまうのではないかと、そんなふうにさえ思った。

「清水、どうし…」

「お前が好きなのは俺なんじゃなかったのかよ!!」


俺の声はさえぎられた。


「えっ…」
最初に声を上げてしまったのはオレだった。
(今、)
今、確かにその言葉を聞いた。

「あっ」

清水蓮は、あきらかに『しまった』という顔をした。表情から声がする、なんてもちろんあり得ないことなのだけど。

瞬時に彼の頬が赤く染まる。

「ち、ちがう」
「え?」
白い床に言い訳するように、さっきまでの睨むような視線をまるでなかったことにして、彼は目を合わせないことに全力を注ぎながら、
手を離して、
くるり、と、そう、振り返って、うん、それで、

「―って、逃げるな!清水!」
「うるせぇばぁあーーか!!」

隣でぼぅっと清水の背中を視線で追う京平に「悪い」と軽く会釈してオレはその場を離れようと決める。というか、清水を追いかけると決めたというだけなのだが。
「あ、ワークひとりで拾えるか?いや、拾えるだろうが…踏んだりしないように」
「…わかってるよ、さっさと行けよ桜場先生」

京平の声色がいつもと若干異なったのが気になった。
けれど申し訳ないが、オレは今それを気にしている場合ではない。

なぜって、なぁ、清水。
お前今、嫉妬したろう?




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