隠して恋情
バカップルもどき
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じろじろと見られる中、神崎君と歩くのはもう諦めた。燕尾服とメイド服なのだ。目立つな、と言うほうが難しい。ウィッグで髪が長くなった神崎君は見た目だけなら完全な女にで、男の人の視線も攫っている。まさに美少女と男装女子だ。むしろ私が邪魔ですね。手を繋いでいるからとても男性陣から睨まれている。写真を求められたりするたびに嫌そうにしてから断ったのは苦笑ものだ。私が、彼が写真を撮られるのが嫌だから当たり前なんだけど。誰にも覚えていてほしくない。私だけでいい。そう思う。難しい話ではあるのだけど。文化祭後に部活内で写真も撮るし。
「写真、なんで撮らないの?」
「嫌だからですよ。知らない人と撮る必要なんて無いでしょう」
「――じゃあ、私は?」
少し離れ場所で神崎君が止まる。手はまだ繋がれているから、また腕が伸びる。
「え?」
「私となら、撮っても、いい?」
神崎君は沈黙する。悩んでいるのか、それとも断りの変事を考えているのか。変な欲を言いださなければ、この重たい沈黙は無かったのか。息の吸い込む音がして、ぴくり、と方が震えた。驚いたのか、緊張なのか自分でもわからない。
ゆっくりと、神崎君は口を開いた。
「それは、ツーショットで写真を撮ってくれるってことですか?」
「え? あ、うん。神崎君さえよければ」
想ってもいなかった返答に困惑しながら答えると、神崎君は嬉しそうに笑う。
なぜ、そんな嬉しそうにするの? この前の送ってくれたこととか。本当に私、自惚れてしまう。
神崎君はそんな私の気も知らずか、「明日の文化祭が終わった後、撮りましょうね」と言ってくる。嬉しいのに、泣きそうになる。神崎君は私を好きじゃないのに。先輩として、慕ってくれているだけなのに。
「約束ね」
私はただ、隠して笑うことしかできない。この恋情を止める術を、誰か知っているだろうか。知っているなら教えてほしい。どうすれば、抑えられる? どうすれば、無くなるのだろう。こんな気持ち、知られたくない。
「先輩、クレープ食べますか?」
「食べる。待ってて。買ってくるから」
「先輩は窓際で待っててください。買ってきます」
「……わかった。チョコバナナをお願いします」
ここで言い合いをするよりも、どちらかが折れた方が得策なのはわかっている。神崎君はクレープを売っているところに並んで待っている。あとでお金を払う……おいうより、文化祭用の金券を和さなきゃと考えながら、周囲の人とを見るふりをして神崎を見た。少女然とした外見を裏切り、中身は少年。そのギャップもまたいいなんて重症? それとも、神崎君だからってところで惚れた弱み? どちらにしても、神崎君自身について変わりはない。
順番が来て、神崎君はクレープを頼んでいる。金券を取りだし、戻ってきたところで渡そうとするときょとんとされた。
「それ、俺の奢りですよ」
「奢ってもらう理由がないよ?」
「なんでもいいんです。先輩とのデート≠ネんですし、奢らせてくださいよ」
「……」
……デート? 今神崎君、デートって言った? え? 勘違いするじゃない。今日の神崎君、なんかおかしいよ。私の嬉しいことばかりしてくれる。これは、自惚れてしまう。前までは保っていられたものが溢れだす。
「嫌、ですか?」
不安げに問う神崎君。沈黙が、否定と取られたらしい。本当はその逆だ。嬉しいから、すぐに反応できない。私はゆっくりと口を開いた。
「嫌じゃ……ない、です」
敬語になったのはどうしてか。緊張だと当たりを付けてクレープをかじる、甘いホイップクリームとバナナ、それに少し苦いチョコレートが口に広がる。隣では神崎君がくすくすと笑っている。敬語が面白かったのかな。それはそれで屈辱的に思うからめんどくさい。
「先輩、かわいい」
「はっ!?」
「かわいいですよ」
「せ、先輩をからかわない!」
「からかってませんよ」
「からかってるように聞こえた」
「すみません。でも、本心ですから」
「……あ、ありがとう」
上ずった声でお礼を言う。こんな生徒や来場者の多いところで何バカップルみたいなことをしてるんだと思うけど、かわいい≠ニ言われれば嬉しいものだ。けれど、一人辱めを受けた気分なので谷返そうと思う。
「直ちゃんもかわいいよ」
「ちゃんはやめてください」
「でも、今は女の子みたいだし」
「先輩。根に持ってるでしょう」
「恥ずかしいことをされたから」
「そう、ですか」
拒否はしないのか。そんな言葉が、神崎君から聞こえた。
まだ部活の方に行くには時間があり、私たちはクレープを食べながら、歩くことにした。