▼ 小さな魔法使い
「いったいなぜ皇帝はナマエを知っているのか。」
問われた質問に、ナマエは首を捻る。
「昔の仕事仲間、ただそれだけだ。たった一回だけだけどな。」
『昔の仕事仲間って…』
RDのそのつぶやきは、怒っているのだとナマエはわかった。
危険な事はしない。それがナマエのハッキングをRDが黙認している条件だった。
これは契約違反だ。
「…ごめんRD」
『理由が、あるんでしょう。』
ナマエが私利私欲の為だけにハッキングをする事はしない、そんな事、RDにはわかっていた。けれど理由くらいはしりたい。…大切な友人が、心配なのだから。
「…5年ぐらい前に、とある中国人マフィアが人攫いを繰り返していて、その組織について尻尾を掴んだんだ。そんな時、皇帝さんのサイトがあるのを思い出して…」
「なんだって?」
まるで「今夜はカレーよ。」と今晩の献立を言う用にさらりと発言されたその言葉に、クイーンは聞き間違えかと聞き返す。
聞き流すには、ツッコミ所が多すぎた。
「いやだから、5年前に中国人マフィアの…」
「5年前って貴女、小学生じゃないですか!」
驚きを隠せないジョーカーに、皇帝はいやいやと首を振る。
「ジョーカーくん、君だって幼児期にはすでに大人を吹っ飛ばせるくらい強かっただろうに。」
「っそれは!僕の場合環境が特殊だったからで…!」
「こいつもさ。」
そういって皇帝が指さすナマエの姿は、制服を着ている“ただの高校生”…の、ように見える。
「こいつの場合、幼児期からあったんだ、そいつが。」
刺した指を、すこしずらせば、みなの目線は指さされたナマエのノートパソコン−−−。
「両親そろってネットの天才、そして叔母があの倉木博士。ピースは充分にそろってんだろ。」
天才ハッカーを作るには、充分なピースが。
ジョーカーは、改めて…いや、やっと、実感した。
ナマエが天才ハッカーなのだと。
ナマエと、ジョーカーの視線が絡み合う。
その瞬間、ジョーカーはなんだか懐かしい様な気がした。
「それよりも!!」
クイーンの突然の大声にジョーカーはハッと我に返る。
「それよりもお師匠様!サイトってなんですかサイトってぇ!」
「あ?なんだぁお前、俺様の【〜宇宙一の大怪盗 皇帝の食レポサイト★〜】を知らなかったのか?」
「…なんていう下らなさそうなサイト名…!」
自身の師匠のアホぶりに、クイーンは頭に手をあてて項垂れる。
「おい!アホそうとは失礼な!結構アクセスあったんだぞ!」
(ほぼ炎上でしたけどね。)
炎上してサイトが消えた…その事は皇帝の名誉の為に黙っておこう。
そう思いナマエはその事実をそっと胸にしまった。
「とにかく!そのサイトで皇帝に力を貸して欲しいとお願いしたんです。皇帝のおかげで無事その組織は壊滅する事が出来ました。」
「よくお師匠様が無償でそんなめんどくさい事を手伝いましたね…。」
「おいお前俺をなんだと思っているんだ。…まぁ最初は面白半分の悪戯書き込みだと思ったぜ。だが実際どうだ。暇つぶしに会ってみれば、こぉんなちっこい餓鬼だ。」
こぉんな、という所で指で米粒サイズを作るもんだからナマエは「そんなに小さくないです」と反論するも無視をされる。
「ほっとけねぇだろ。下手すりゃたった一人で乗り込もうとする面してるんだからよ。」
その皇帝の言葉に、ナマエはプイと顔をそらす。…それは皇帝の言葉が図星である事を示していた。
「まぁたったそれだけだ。それからこいつとは会ってないし、俺のサイトは閉鎖…んで、久しぶりにあった大切なそりゃもう大切な弟子の元に天才ハッカーが仲間になったと小耳に挟めば、お前だろうなとピンと来たもんよ。」
「どこからそんな情報を…。」
ため息を吐くクイーンだが、皇帝は嬉しそうにニヤニヤするだけでその問いには答えなかった。
「ま、そんだけだ。俺とこいつの関係は。」
本当に?
ジョーカーは、本能的にそう感じた。
なにか隠している。そんな、気がした。
…ばかばかしい。そんな根拠もないもので仲間を疑うのはやめよう。
ジョーカーもまた、その思いを心にしまった。
皇帝は高校生になったナマエの姿をみて、あの餓鬼が大きくなったと感心する。
しかし、それ以上に思うのは…
まだ、お前は囚われているのか。あの強い呪縛に。
思い出すのは、初めてナマエと出会ったあの日。
『手伝うには条件がある。なぜこいつらを狙った?理由を話せ。』
『…人攫いを、している大きな組織だから』
『人攫い?』
自身の質問に、拳を握り答えるナマエの姿は、とても、とてももろく見えた。
『探しているんです。両親を。消えた両親を。…その為なら、私は。』
なんだってする。
あの時そう答えたナマエの表情。
年齢にそぐわない、憎悪を宿したあの瞳。
復讐を誓う小さな魔法使いの姿は、けして皇帝の記憶から消えることはなかった。
今、笑っているナマエの姿に、皇帝は目を細めた。
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