▼ それぞれの
新入生代表、ミョウジナマエさん。
「はい。」
その言葉に、凛とした声が自身のすぐ前の方から聞こえた。
見えたのは、ピンと伸びた背筋と、肩まで伸びた髪。
その髪を風になびかせ、壇上に向かう後ろ姿。
「あたたかな春のおとずれと共に、私たちは烏野高等学校の入学式を迎えることができました。」
お決まりの言葉を聞きながら、俺はだんだん早くなる鼓動を鎮めるように、ひざの上でこぶしを握る。
入学式が終われば、部活案内が始まるはずだ。バレー部には今年、俺を含めて何人の新入生が入部するんだろう。
あの時の俺は、これからの生活を思い期待に胸を膨らませていた。
檀上にたつ少女…ミョウジが、バレーに絶望しているなんて知らずに。
烏野の生徒になってからしばらくたった。
バレー部への理想と、その現実のギャップに驚いたが、俺たちに立ち止まっている暇はない。
マネージャーがいない男子バレー部は、一年生がその仕事をしていた。
しかし、やるべきことをすれば大丈夫だと、どれだけ自身に言い聞かせてもその時間が一番不安になった。少しでもボールに触れる時間が減ることが怖かった。
この数分でもコートから離れると置いていかれる気がした。なにに、なんて、わからないけれど。
マネージャーを探そう。
旭やスガとそう決めた俺たちは、まだ部活に入っていない生徒を探した。
その過程で女バレの道宮に誰かいないか聞いたところ、入学式依頼に彼女の名前を耳にした。
「ミョウジさん、ちょっといいかな。」
それが、はじまり。
はじまりは拒絶。しかし高校三年生になった現在。彼女は俺たちに「羨ましかった。」と謝罪を述べた。
清水につかまる手が、震えているのがわかった。
バレーを突然奪われる恐怖。彼女の境遇を考えると、胸が痛んだ。
もっと、もっとボールを追いかけたかったはずだ。
そんな中、バレーをしている俺たちと関わるなんて、そんなのは酷だ。
けれど、彼女は謝罪をしてきた。
高校生活最後の一年。俺たちと関わらずとも彼女の高校生活になんの支障もないはずなのに。
彼女の方から、歩み寄ってくれた。
廊下で見かけたミョウジは、清水と楽しそうに笑っていた時があった。
あの顔が、彼女自身の本当の姿なのだとしたら。
知りたいと、思った。
清水の横で笑う彼女を、西谷にむかって手を振る彼女を
俺たちに、歩み寄ってくれた彼女を。
黒板の文字をノートに書き綴りながら、ふとそんなことを思い出した。
「友達に、なってくれるかな。」そう自身が差し伸べた手をミョウジが受け入れてから、数週間がたった。その間に音駒との練習試合や、IHの組み合わせの発表など、あっという間に日々が進んでいく。
インターハイにミョウジを誘うことはできないけれど、
いつか、いつか俺たちを応援してくれたらうれしい。なんて、そう思った。
思い出すのは、数学のノートを返した時に見せた、あの泣きそうな顔。
願わくば、彼女が心から笑ってくれますようにと。
そう考えて、ハッとした。
うわ、そうか、俺。
気づきたくもない自身の気持ちに気づき、顔に熱が集まるのが分かった。
いまは、考えるのはよそう。
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