たとえ届かない人だとしても | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 暖

男、不死川はその日苛ついていた。
任務で斬った鬼が原因だ。決して強くはない鬼だったが、残虐非道、幼子ばかり何人も殺していた鬼だった。

鬼の頸を斬った時、鬼の背後にその日攫われた子どもが居た。
その姿が、自身の今は亡き兄妹達と重なって見えた。
兄妹が死間際に、自身を襲った鬼が母、志津だという事に気づいていない事を何度も願った。
玄弥には、辛い思いをさせてしまった。
兄が母親を殺す現場を目撃し、その後鬼の正体が母だったと知り二重にショックを受けただろう。
自身も重たい過去を背負ってきたというのに、不死川は今は亡き兄妹や、生き残った弟の痛みばかりを考えていた。

イラつく気持ちで玄関をくぐり、ズンズンと足を進めていく。
鬼を斬る。許さない、皆殺しだ。
そんな黒い感情が、彼の全身を覆っていた。

すると、風が自身の頬をかすめる。
戸締りをしていなかったか。そう考えて、自分以外の人間の存在を思い出す。
そうだ、あいつが居たのだった。
一緒に住み、稽古を付けはじめ半年が過ぎた。しかしいまだにその存在に慣れない。
二つ並んだ湯飲みも、二つ干されたシーツも、その存在を感じるたびに、懐かしい感情が胸を引っ掻く。その感情の名前がわからない不死川は、さらに苛つき足を進める。

風の吹く方に向かうと、縁側で横になるミョウジの姿があった。
夜中だというのに、縁側ですうすうと寝息を立てている。
大方、鍛練後に力尽きたのだろう。
普段なら蹴り起こす所だが、その横に腰を下ろした。
空は満月が昇り、月の明かりがあたりを照らす。
呑気な寝顔に視線を向ける。自身と違って、傷一つない色白の頬をみて、餅を連想する。
よく伸びそうだ。兄妹にもよくそんな事をしていた。
その度に、妹や弟は嬉しそうに『やめてよ〜』と笑っていた。
ハッと我に返り、何をしているんだと無意識に伸ばした手を引っ込める。

やはり人と住むのは間違いだったか。
こいつが来てから、家族を懐かしむ時間が増えた。
これまでは、そんな暇なんてなく、怒りを糧に生きてきたというのに。
家族を失い、匡近を失い、もうなにも失いたくなかった。
半月共に過ごしても、おい、馬鹿弟子、お前、てめぇ。と、まだミョウジの名前を呼んだ事がないのはそういった感情からくるものだった。

ふと目を覚ましたミョウジが寝ぼけた目を向ける。
下心はないとはいえ、無意識に触ろうとした手前、ミョウジが起きた事に不死川はバツが悪くなり、反応に困る。そんな不死川の様子に気づかず、ミョウジはふにゃりとした笑顔を向ける。
「おかえりなさい、師範。怪我が無くて、なに、より…です…。」
言いたいことを言い終えると、今度は不死川に重心を預け、再度眠りの世界に行ってしまった。

「…おい。」
どうしていいかわからず、両手を万歳の様に上にあげ、年頃の女に触れない様に気を遣う。しかしミョウジは、お構いなしで寝息を立てている。
不死川は頭を抱え、不可抗力だと誰に聞かれるでもない言い訳を脳内で並べ、そっとその肩を支えた。
暖かかった。
久々に、人の温もりに触れた気がした。
ごにょごにょと寝言を言い、またふにゃりと笑うミョウジの寝顔を見て、自然と口角があがり、そんな自分に動揺する。
色々と、この状態は良くない。そう思った不死川はミョウジを抱き上げ、布団にそっと下す。叩き起こさなかったのは、無意識に温もりを心地よく感じていたからだった。

ミョウジを寝かし、自身も部屋に戻り目を閉じる。
もう、先ほどまでの苛付きはなくなっていた。
翌朝、ミョウジはなぜ自分は自室で寝ているのか不思議に思うも、寝ぼけながら布団に戻ったんだろうと考える。
そんなミョウジを横目に、不死川は真相を教える事はなく、また今日も並んで食事をとるのだった。

 

prev / next

[ 目次 ]