たとえ届かない人だとしても | ナノ
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▼ 風柱 不死川実弥

伊黒様の訓練を終え、次に向かうは風柱様こと師範のもと…。
これまでの過酷な訓練で善逸は道中すでに帰りたいようと泣いている。

「頑張ろうね善逸。」
「次ってあの人でしょ…?あの傷だらけの怖い人…炭治郎から聞いたけどナマエちゃんの師匠さんなんだってね…。大丈夫?あの人の訓練すごく怖そうだけど俺いける?生きていける?」
「怖いなんてもんじゃないけど、ギリギリ死にはしないよ。」
「その返答がもうすでに地獄の入り口だよおおお!」

そんな会話が30分前。
現在、私も善逸も師範にふっとばされている。
師範の修行内容はいたってシンプルだった。とにかく師範に斬りかかっていくという単純な打ち込み稽古。
しかし、いや、やはり、何度斬りかかっても師範に私の刃は届かない。

何度も何度も飛ばされ、そして再度斬りかかる。
これは私が鬼殺隊に入る前に付けてもらった稽古と同じ内容だった。
あの頃から、今も、師範に私の刃は届かない。

最後にもう一度ふっとばされ、今日の稽古は終わりだ。と告げられた。
集中しすぎて気が付かなかったが、あたりはもう黄昏時だ。

悔しいなぁ…。
倒れたまま空を見上げ、自身の無力さ、そして成長の無さに唇を噛み締める。



そして深夜、みなが寝静まり、師範も夜中の警備でいない。
そんな中、私は月光の下剣をふる。
がむしゃらにすればいいと言う訳ではない。そんな事わかっている。
しかし一分一秒が惜しい。私は強くならないといけない。
立ち止まると、なにかに足が絡まりそうで、なにかに引きずり込まれそうで。
怖かった。

「205…」

逆立ちで腕たてをしていると、暗闇になれた目に光が染みる。
もう、夜明けだ。

「にひゃく「おい。」うわ!」

突然の声に驚き、バランスを崩すもなんとか耐える。
聞きなれた声に、反動をつけて地に足をつけ振り返ると、声の主が手ぬぐいを私の顔に投げつける。

「おかえりなさい、師範。ありがとうございます。」
「…お前」
「大丈夫ですよ。睡眠もとりましたし、稽古もちゃんとやります。」

師範の言葉を遮って、大丈夫だと告げれば、師範は「付いてこい。」とだけ言葉を発し、すたすたと歩き始める。
みんなの起床の時間までまだ少し時間はある。素直に師範の後ろをついて歩いた。







歩くこと数分。位置的にここは師範の屋敷のすぐ裏だ。
草原が広がっていて、夜明けの澄んだ空気が気持ち良い。
一時とは言え、住んでいた場所なのにこんな場所があるなんて初めて知った。

黙って座る師範の横に私も座る。
なんだ、なんだ怖い。草原と師範。なんだこの絵面は。
なんて考えていると、突如師範に頭を掴まれ、地面に押し付けられる。

「え?!なに!?なんで地面に顔面を擦り付けようとするんですか!!?」
「うるせぇ黙れェ!」

突然の奇行に焦る私だが、なぜか師範も落ち着きがないように見える。
なんなんだ一体…。
黙れと言われたので、言うとおりにすると、師範の手は私の頭からどく気配はない。
不思議に思いながらも、師範の好きにさせる事にした。
ゴロンと転がされ、仰向けにされる。師範の手は変わらず私を押さえてたが、その手に力は入っていなく、気づけばその温もりは私の両目を覆ってる。

強制的な暗闇の中、師範の言葉を待った。


「…焦るな、とは、言わねェ。」
「…。」

暗闇の中、その声は、いつもより鮮明に耳に響いた。

「死ぬまで鬼を斬れ。鬼舞辻無惨を殺すまで、その為に命をかけろォ。死ぬな、なんて言葉、俺はかけねェ。」

師範の言葉一つ一つが、脳に、心に、響いている。

「俺は、その事に命をかけている。それ以外は今考えられねぇし、考える気もねェ。どれだけ身体が悲鳴を上げようと、鬼舞辻無惨を殺せるなら構わねェ。だから死ぬ気で鍛えろ。たとえ命が削られようとだ。」
「はい。」

私は、私の目を覆うその手を両手で包む。

「そうです、師範。私は、私達は、その為に生きている。」
そっと師範の手を持ち上げれば、視界が明るくなり、師範と目が合う。


『おい、おめぇ生きてんのかよォ』
あの日の光景が、重なって見えた。

「止めないでくれてありがとうございます。師範。」
「馬鹿が。やりかたは考えろよ。体を休める時も、回復を意識しろ。体が回復してる間、お前は止まってるわけじゃねェ。その体が強くなるために修復してるんだ。わかったかァ。」

その師範の言葉に、胸が熱くなる。
なんでこの人には、すべてがばれてしまうのだろう。
焦りも、恐怖も。
出会った時からそうだ。

「はい。師範。夜はちゃんと寝ます。」
「いい子だァ。」
ふっと笑った師範を見て、私も自然と口角があがる。

先ほどの師範の言葉、私達は鬼殺隊として命を燃やす。
私達は世間で言われる恋仲なんて、なれないし、なるつもりもない。
だってこの命の使い道はもうとっくに決まっているのだから。

女としての幸せ、そんなもの、望んでいない。
気持ちは同じだという思いを込めて、握る力を強めれば、師範も握り返してくる。
すると、私の顔に影がかかった。

少しかさついた師範の唇が、私の唇をふさぐ。
二度目のそれは、鮮明で。

名前も付けられない私たちの関係。
それがこんなにも、私に力をくれる。

「そういえば」
「え?」

額と額をくっつけたまま、師範が口を開いた。

「全員に、お前の呪いの事は言ってある。」
「ええ!!?全員って、え!?全員ですか!?」
「そう言ってんだろうがァ。」
「え?いつ?え?」

驚いて起き上がる私に、師範は少し不満そうにしてその場に寝転んだ。

「柱訓練が始まる前だァ。いうに決まってんだろォ。」
「だって、何で伝えてないんだろうとは思ってたけど、え?だってみんな優しいし、普段通り接してくれるし、え、」

困惑している私に、師範は目をつぶったまま答える。

「そういう事だろうがァ」

善逸も、隊のみんなも、私が呪われた血だと知っていて、それでも普段通りに接してくれていたのか。
宇髄さんの言葉に善逸が首をかしげていたのも、師範との関係についてだけで、私の、私自身については、知っていて、理解して、それでも一緒にいてくれたのか。

「すぐ泣きやがる。」
起き上がった師範が私の顔を見てため息を吐くも、その手が優しく頭を撫でるもんだから、私はさらに泣いてしまった。

「師範が優しいの怖いよ〜〜〜うう〜〜〜〜」
「おい殺すぞォ」


この言葉が照れ隠しだって事はもう師範にはバレている。
風が吹き、草原の花が揺れる。

涙で濡れた視線がとらえたその花は、いつの日かみた、見舞い品の花と同じだった。
 
 

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