▼ 蛇柱 伊黒小芭内
「俺はお前を信用していない。」
蛇柱様の屋敷につくや否や、伊黒様は私に指をさし、冷たい目を向ける。
炭治郎達にもまだ敵意を見せる蛇柱様だ。きっと私には、もっと…
しかし伊黒様はそれだけ言うとさっさと背を向け、屋敷に中へと消えていった。
「ええ…何あの人超怖いよナマエちゃん…気にしなくていいよあんなの!!」
私に入っている血の事を知らない善逸がプンスコと怒っているのをみて、罪悪感にさいなまれる。
炭治郎は、禰豆子ちゃんは、隠すことなく戦っているというのに。
宇髄様の時もそうだ。私は何も知らない善逸をそばにおいて、いつか私が操られた時、なにも知らない善逸に私を殺させるのか?
「ナマエちゃん?」
こんな、優しい彼に?
無理だ、そんな事、させられない。
「善逸、私…わた「遅い。お前たちはここに何をしに来た。楽しくお喋りか?さっさとしろ。」…。」
遠くの方から、苛立った伊黒様が私の言葉を遮る。
「行こう、善逸。」
私は善逸の手を取り出した。
『ナマエちゃん』
『ナマエ。』
『おいナマエ!』
記憶の中の炭治郎は、伊之助は、善逸は、私に笑みを向けてくれていた。
でも、これからは?
怖い。いま握っている善逸の手を、ぎゅっと握り私は頭を振る。
戦うと決めた、それは、鬼だけじゃない。自分自身ともだ。
「ナマエちゃん…」
「え?」
「なんでもないよ。行きたくないけど、行こうか。」
私に手をひかれていた善逸が、私を追い抜き、今度は私に手をひき、走り出した。
◆
伊黒様の訓練はこれえはこれは地獄だった。
時透様の訓練と似ていて、打合いだ。しかし速度をあげる為のものではない。
太刀筋の強化。そのためには障害物が多く置かれた道場での稽古だった。
最初はそう、障害物が置かれていたのだ。
しかし時間がたつにつれ、一人、また一人と「隊員」が木材に括りつけられていく。
そして夕刻になるころには、障害物はすべて隊員になってしまった。
これは!!地獄!!!!
訓練の厳しさよりも、精神的な厳しさ!
当てないでくれ!そう訴える隊員たちの目!目!目!!
「地獄!!!!!!!」
訓練終了後、膝から崩れ落ちた私を善逸がオロオロと背中をさする。
ありがとう優しいね。
「なんだろう…この…自身が苦しい稽古は別にいいんだ…筋肉痛とか、ちゃんと筋肉が鍛えられてる気がしてもはや嬉しいし…」
「え」
「でもこういう、精神的にくるダメージ…。これはダメだ…私が未熟だとほかの隊員は痛い思いをしてしまう…。」
「ナマエちゃん、筋肉痛嬉しいって思ってたの…?」
ドン引きしている善逸に気づく事なく、私は「ちょっと風にあたってくる…」と道場をあとにした。
「あ。」
「…。」
外に出ると伊黒様が相棒の蛇さんと縁側に座っている。
「あの!!」
私に気づくと、すっと立ち上がり、背を向け歩き出すものだから、咄嗟に私は声をかけた。ほとんど、条件反射みたいなものだ。
「えっと」
「…なんだ。」
なんで、私は声をかけたんだ。なんで、なにを
グルグルと脳内に疑問が渦巻き、私は素直に思った事を述べた。
「どうして、私に稽古を付けてくれるんですか。」
「決まりだからだ。好き好んでみているわけではない。」
「わかってます。けど、でも…」
「お館様が決めた事に俺が逆らうわけがない。…それに、」
「それに?」
「ふん、うるさい。黙って稽古を続けろ。そしてさっさと死ねゴミカス」
(…師範よりも口が悪い。)
伊黒様がいなくなったあと、私は縁側に腰掛ける。
お館様の決定だから。それは間違いないだろう。けれど、それだけだろうか?
『…それに』あの時、伊黒様はなにを言おうとしたのだろうか。
考えてもわからないことは考えてもしかない、か。
「稽古、がんばろう。」
私は頬をたたき、気合を入れた。
◆
『なんだか、その人とナマエちゃん、顔が似てた気がするの…。』
あの日、あの会議で甘露寺が放った言葉。
それは、ミョウジナマエを警戒するには十分な言葉だった。
斬ろう。ミョウジナマエの首を。そう、自身が告げようとした瞬間。
『俺が聞く。』
あの男が、口を開いた。
不死川は、柱の中でも鬼に対しての殺意が人一倍強く、竈門炭治郎の尋問の際も自身同様、敵意を表していた。
その男が、鬼との関係性を疑われる女の話に耳を傾けるというのだ。
なぜ、お前が。
『師範』
思い出すのは、いつの日かに見たミョウジナマエが向ける、信頼の顔
その視線の先にいたのは、不死川だった。
『グズグズすんなァクソ雑魚がァ』
そうだ、一度だけみたことがある。
不死川の、ミョウジナマエに向ける、視線。
そして翌日、お館様がミョウジナマエを鬼殺隊にとどめる事、
もし裏切った場合、不死川も共に腹を斬る事を聞いた。
そうか、不死川、お前はもう、独りではないのだな。
ミョウジナマエの件は、お館様が決めた事。逆らう気などない。裏切ればすぐさまその頸を斬る。
あの不死川がそばに置きたいと思った女。そんな事は関係ない。
…絶対にだ。
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