たとえ届かない人だとしても | ナノ
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▼ 蓋を閉じる


熱も引き、体の調子も戻ったので二日後には修行を再開した。
師範に体調を崩したことに対して頭を下げるも、想像して多様な暴言は飛んでこなかった。
ただ一言「遅れを取り戻せ」だ。
自身に活を入れ、刀を握った。


「師範、味は薄くないですか。」
「悪くねぇ。」
夕刻、食卓を囲み毎日のようにその味を確認するも、師範は味噌汁をすすりながら短く答えるだけだ。
いつか美味しいといわせたい。
箸を置き、立ちあがる師範に気づいて私も立上る。師範はこれから鬼殺隊として夜の任務だ。


「師範、これ。」

戸をあけさっさと出ていこうとする師範に包みを渡す。
これも日課。初日に隠の方が言っていた「毎日のおはぎ作り」というのはこの為だったようだ。

「私のおはぎ、どうですか。美味しいですか。」
大好きな菓子作りのことに関してなので、つい感想がしりたくて普段では聞けないような事を口が滑ってしまう。
うっかり口が滑った後、修行時の時の不死川さんを思い出し、「いちいち余計な事を聞くんじゃねェ!」と睨まれるのではないかと身構えるも、意外な事にしばらく間が空き…
「…嫌いじゃねェ。」
「っ!ありがとうございます!」
ぱっと顔を上げれば、もう師範は背を向けていて、黄昏時の道を歩き出していた。
「お気をつけて!」
その背中に届くように声を投る。その言葉に返答はなかったが、私は喜びを隠しきれず、口角があがる。
師範は、怖いけど、怖い人じゃないのかもしれない。


居間に戻り、師範と自分の分の器を下る。
明日の朝食と、師範の分のお夜食を作って…そうだ、先ほど干して終わったシーツもたたまなければ。

この家には、なにもかも二つある。
二つ並んだ食器
二つ並んだ干してあるシーツ
食事を作るとき、洗濯をする時、感じる自分以外の誰かの存在。
独りじゃ、ないんだ。
それがたまらなく、うれしい。

あの日師範は、血だまりの中死にぞこなった私を見つけてくれた。
『…嫌いじゃない。』先ほどの師範を思い出し、再度自然と口角があがる。
こんな弱くて、戦えない私を放り出さずに鍛えてくれる師範は、居場所をくれる師範は、優しい、人だ。

『おねえちゃん!!!』

ドクン。
師範の視線と、妹の視線が重なる。
窓に映る自分の顔、誰かに、似ている。
誰かは、わからない、でもその目が、訴えている。

『オマエノセイダヨ』
「っ…!」
まただ、また、たくさんの目が私を責める。
人の目が、怖かった。思い出すように、脳内をめぐるたくさんの家族の目
母が、父が、妹が、そして…だれ、わからない赤い目、私を責める。
窓を開け、深呼吸をする。
もう、あたりは暗くなっていて、月が上がっていた。

取り込んだシーツを手に取り、その体に抱え込む。

師範に、甘えてはいけない。
忘れちゃいけない、私の存在理由。

開きそうになった【なにか】に、私は蓋をした。



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