たとえ届かない人だとしても | ナノ
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▼ 霞柱 時透無一郎

「遅い。もっと速く。なにしてるの、もっと速くだってば。」

淡々とした口調で…しかし素早い打ち込みをしながらはなす時透様の刀筋を受けながら
「はい!」と返事を返す。

右右左上右下左。

霞柱さまの屋敷にきてから5日ほどたったが、だいぶ目で追えるようになってきた。
「君には一切の容赦をするなって言われてるんだ。」
初日に言われたその言葉に、誰にですかと問わなくてもわかる。
願ったりだ。強く、もっと強くならなければ

「…君」
「え?」
「いや…なんでもない。休憩して。」
「え、まだ大丈夫ですまだ行けます!」
「…そう。でも休憩して、ほかの子にも稽古、つけなきゃいけないし。」

そういって、部屋の隅で死んでいた善逸を起こしに行く時透様。
善逸の叫び声が響く中、それもそうかと水を汲みに行く。
しかし少しの休憩ももったいなく感じてしまう。
もっともっと強くならなくちゃ、もっと…。


そして本日の稽古が終わり、空が暗くなった頃、みな体を休めるため死んだように眠る。
柱の時透様はこの後、夜の警備に向かうらしい。
柱の活動に感謝し、私は月光の下素振りを行う。

「ナマエちゃん…休んだ方がいいよ体壊しちゃうよ」
ふと声を掛けられ振り返れば、ボロボロの善逸が立っていた。

「ありがとう善逸。私はまだ大丈夫、先に休んでいなよ。」
「ナマエちゃんも休もう…?」
「うん、素振りが終わったら休むよ。ありがとう。でも自分の体は自分が一番わかっているから。」
「…あんまり無理しないでね。」
先に寝るよという善逸に再度お礼を言い素振りを続ける。
時間が足りない。早く兄を討たなければ。
私みたいな存在に期待してくれるお館様の為にも
私なんかに命を懸けてくれる師範の為にも
もっと、もっと。




「…止めないの?」
「うおおお!?」
先に寝ると伝え、寝室に向かう途中、突然現れた時透に善逸は悲鳴を上げる。

「ちょっと。夜だよ静かにして。で、止めなくていいの?彼女、トモダチなんでしょ」
「…俺が言っても、ダメみたいで。それに、すごい強い意志の音がして…」
そんな彼女から今刀を取り上げるのは、酷な気がしたんです。
そういって悲しそうにほほ笑む善逸に、時透はため息を吐く。

ミョウジがオーバーワーク気味なのは、誰が見ても明らかだった。
普段、無茶をする炭治郎達を冷静に止める役目の彼女が、こんなに効率の悪い事をするのは意外だった。…それくらい、切羽詰まっているのかもしれない。
そう、善逸は思い、さらに彼女の音を聞いてしまっては、もうこれ以上自分にできる事はないと思った。それが少しだけ寂しく、善逸もまた、悲しい音を自身から響かせる。
善逸程耳のいいわけじゃない時透にも善逸の寂しさは痛い程伝わった。

炭治郎ならこんな時どうするのだろう。
自身を救ってくれた少年を思い出し、時透は考え込む。
彼女の心揺さぶる存在。彼女の暴走を止めれる存在。

『師範』
一度だけ、彼女がそう呼ぶ相手と一緒にいる姿を見たことがある。
目が、視線が、表情が、すべてがあらわす“信頼”

「…ちょっと、伝えておこうかな。」
「え?」
「ミョウジのことは、こっちでなんとかするよ。君は早く寝なよ。君まで倒れたら元も子もない。明日も稽古はあるんだから。」

ナマエのことを気にかけている様子の時透に、意外だと善逸は驚きはしたが、「はい」と答え寝室に向かう。
きっとみんな彼女を心配している。ナマエちゃんは、暖かく、優しく、人を惹きつける子だから。そんな彼女だからみんな、なんだか応援したくなるのだ。

まだ外で素振りをしているであろうナマエへと、水の入った筒を縁側に置き、今度こそ善逸は眠りについた。

 


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