たとえ届かない人だとしても | ナノ
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▼ 横顔

今日は、師範と一緒にお館様の屋敷、産屋敷邸に来ている。私の現状を報告するためだ。
広い庭に、わたしは一人跪く。
師範はいない。私が一人で、お館様と話をする。
師範は昨日、ああいってくれたけれど。私はもしかしたら今この瞬間、命を落とすかもしれない。
「お館様のおなりです」
愛らしい少女の言葉が、静かにひびいた。

なぜか目の前の部屋にはすだれがかかり、お館様の姿はみえない。
しかし、お館様のあの優しい声がすだれの向こう側から聞こえた。

「ナマエ、君は自身が危険だと、自覚をして昨日、鬼殺隊を辞めようと思ったんだってね」
「はい。」
硬い表情の私とは裏腹に、お館様は、優しく笑った。
「たしかに、呪いがかけられていると言うのならば、鬼殺隊の場所がバレているのはとても危険だ。」
「…。」
「だが…君はもう、二年ほど実弥の元で過ごしている。私と会うのは初めてじゃない。いま、私の場所は鬼舞辻無惨には知られていない。あの男は、私の居場所を知った瞬間に私の命を狙いにくるだろう。いま私は生きている。私の可愛い子ども達も無事だ。それが答えだよ、ナマエ。」

耳に届くお館様の声は、気持ちが良くて、気分が高揚する。

「それに、実弥がね。君が私達を裏切った場合、君を殺して自身も自害するなんて言うんだ。」
「え!?」
そんな事は初耳である。
師範はそんな事一言も言っていなかった。

「炭治郎とねずこの時に、あんなに反対した実弥が、炭治郎達と同じ行動をしているんだ。これはね、すごい事なんだよ。」
あまりの内容に、私は返答する事が出来ず、ただただお館様を見つめる。
「その呪いは家族の血という、とても強い絆で縛られているのだろう。それが輸血したとはいえ、実弥との絆で抑えられているんだ。それは、これから君達二人の絆が強くなれば、呪いに完全に打ち勝てる事を表している。それにね…」

そこまでいって、お館様は私の名前をよび、言葉を続ける。

「ふふ、実弥はね、君と出会ってから、変わってきているんだ。その変化を、なんて呼ぶのだろうね。…実弥は一人で頑張り過ぎる所があるから、ナマエ、実弥を頼んだよ。」
なんて優しい声で、なんで慈悲に満ちた微笑みで、私達を信じてくれるのだろう。
「ありがとう、ございます!」
言葉が詰まる。お館様への、師範への、感謝で胸がいっぱいだ。私は深く深く頭を下げる。
絶対に、私を信じてくれている師範とお館様の為に、この命尽きるまで手足となろうと、鬼を狩ると決めたあの日よりも、さらに強く誓った。



気分が高揚する。
足取りが、いつもより軽く感じる。
心拍数と同じで、歩幅もだんだんとはやくなる。
師範、師範に伝えたいことがある。

走り出した足は、真っ直ぐにその人の元へと向かった。

「師範!」

門の前で待っていた師範に駆け寄り、その体に力の限り抱きつく。
「師範、師範、ありがとうございます!」
言葉が上手く纏まらない。お礼なんかじゃ足りない。
しかしいま、あまりの事に感謝しか言葉が出ていない。
私に命をかけてくれたこの人に、私はなにができるのだろう。

「はっ、死んでも鬼殺隊の為に生きろォ」
「言葉の矛盾がすごいです師範。でも私、絶対師範の期待に応えて見せますから。」
意外にも私の体を引き剥がさない師範。
それも嬉しくて、なんかもう、涙が出てきた。
「おい、びーびー泣くなァ。鬱陶しいィ」
「痛い痛い痛い!」

引き剥がさない師範につい調子に乗っていると、ついに頭を鷲掴みにされ引き剥がされる。
もげる!もげる!!

「帰るぞォ。お前は今日からまたうちの屋敷だ。せいぜい俺に殺されねぇように、頑張るんだなァ」

これからは師範の屋敷で過ごす。万が一私が刀を仲間に向けた場合、即座に私を殺す様にだ。
幸いにも鬼の動きがピタリと止まり、明日から柱稽古も始まる。師範を含め、柱の方が常に近くにいる状態だ。こんな万全な稽古はないだろう。

歩き始めた師範の横に並び、同じ方向を目指す。
数年前に見ていた背中。それがいまは、すぐ横で、一緒に歩いている。
チラリと横を見ると、ガラは悪いが整った横顔。
昨日まで沈んでいた気持ちは、いまは幸福で満たされている。


ナマエは知らない。
いま自身が感じているこの忠誠心こそ、兄が鬼舞辻無惨に感じている気持ちなのだと。
場所や相手こそ違うものの、心に秘める想いは一緒。
どんなに憎んでも、この二人は兄妹なのだ。

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