▼ 唇にのせて
「ふざけんのか」
「ふざけてません。」
真っ直ぐにこちらを見つめる姿は、その言葉が本気なんだと物語る。
「私は兄に、まじないをかけられています。そのせいで、私は兄に関する記憶が全てなくなっていた。鬼殺隊入隊後も、一度あってたんですよ。記憶から消されていたけれど。」
なにも言わない俺に、バカ弟子は言葉を続ける。
「兄は、言っていました。記憶だけじゃない、体も操るつもりだったと。まじないをかけた血が、師範からの輸血で薄まっていたから、体までは操られなかったそうです。私、師範に助けてもらってばかりですね。」
ありがとうございます。そう言うこいつは、言葉とは反対に、瞳から滴を一筋流す。
「私と兄の、肉親という絆。それがまじないに強く関係しています。私は、兄から逃げられない。いつか、いつか兄に全て支配されるかもしれない。お前の一番大事な人を殺すって、兄が言ったんです、いまこの時も、私はいきなり師範に斬りかかるかもしれない。そんなの、そんなの私、耐えられません…っ!」
ついに両の目から溢れ出た涙を必死に拭う姿をみて、気づいたら俺はその手を取っていた。
「言いたいことはそれだけかァ」
「っ、聞いて、ました!?いま!私は師範を殺そうとするかもしれないんですよ!?私だけじゃなく、兄自身も、このままじゃ師範を狙っ」
言い終わる前に、その唇を自身の唇で塞いだ。
「え…え…?」
「お前はバカかァ?俺がお前に殺される?やれるもんならやってみろォ。そのお前の兄ってやつも、もれなく返り討ちにしてやる」
「いや、え、師範、は?」
「くだらねぇ事で悩みやがって、そんな暇あるなら鬼を1匹でも多く狩りやがれ」
まだ固まっている姿に、今度は軽く音をたて唇をあわせると、面白いぐらいに肩が跳ね上がる。
「な、なななななにするんですか!?」
真っ赤になって叫ぶが、俺はバーカと頭を叩く。
「一番大事な人が俺って事をベラベラご丁寧に言っておいて、なに嫌がってるフリしてやがんだァ?」
自身の先ほどまでの言葉を思い出し、赤い顔をさらに赤くさせる。
「お館様には、俺がお前を監視するって伝えといてやる。最終判断はお館様がくだすが…。いいか、鬼殺隊はやめさせねェ。勝手に何処かに行くのも許さねェ。わかったなァ。」
でも念の為、おまえお館様には近づくの禁止な。お館様を襲ったらぶっ殺す。と続けると、やっとバカ弟子は「相変わらずで安心しました。」と笑う。
いいのか。私は、鬼殺隊にいて、
師範の、横にて。
そう呟く姿をみて、俺はまた頭を叩く。
そしてそのまま、その体を抱き寄せた。
「師範、あの、私いま感覚がないので、明日またさっきのしてくれますか?」
「…本当に、クソ生意気だなお前は」
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