▼ 愛がゆえ
里のあちこちで、煙が上がる。
私は里の人達を守らなければいけないのに、こんな所で足止めを食らってる場合じゃない。
なのに、体がうまく動かない。
兄は言葉を続ける。
「なんで忘れてたんだろう、なんで私に刀をむけるの?…って顔してるね。ナマエ」
自身の腕に流れた血を舐めながら、兄がクツクツと笑い、心臓のあたりを指さした。
「お前の血に呪いをかけたんだ。僕との記憶を消した。本当は記憶だけじゃなくて、体も支配する予定だったんだよ?…でもまさか、僕以外の血で、僕以上に他人と繋がるなんて…ほんっと、むかつく妹だよ。お前は。」
「っ…、なにを、考えているかわからないけれど、敵って事だよね。」
「…なるほど、すぐに僕を敵とみなすあたり…もしかして心当たりがあるのかな。」
兄の言葉に、まだ一緒に暮らしていた時の事を思い出す。
どこか遠くを見つめ、恍惚とした表情を浮かべる兄。
私たち家族を、ふとした瞬間に冷めた目で見つめる兄。
サインは、いくらでもあったのかもしれない。
「僕たちは稀血。誇っていい。無惨様に必要とされる存在。…僕はね、無惨様にこの身も心も捧げた。ナマエ、お前にもわかって欲しくてこんな事をしたんだよ。二人で無惨様の一部になろう。兄妹の強い絆。なんって美しいんだろうね!」
本当にこれがいい事だと信じて疑わない兄の姿に、怒りで手が震える。
「きょうだいの…強い絆…?」
なにを言ってるんだ、家族を裏切り、鬼に…鬼舞辻無惨に心酔し、妹を自分の意のままに操うとするこの愚かな行為が、きょうだいの絆?
「きょうだいって言うのは…。」
炭治郎と禰豆子ちゃんの様な、寄り添いあう兄妹。
師範と玄弥のような、お互いを想いあう兄弟。
「…私達兄妹は、なんでこうなっちゃったんだろうね」
おねーちゃん。
ナマエ。
幼い頃、三人で笑いあった日。
全部、全部兄の手によって。
「はぁ…やっぱりお前には理解できないか。…ほんと、むかつく妹だよ」
兄の言葉が終わる前に、私は刀を振り下ろす。
― 嵐の呼吸 壱の型 篠突く雨 −
「お兄ちゃんは、私の手で殺す。」
「お前は、僕の手で殺す。」
私の刀が振り下ろされるのと、兄の背後に襖が現れ、鬼が大量に出てくるのは同時だった。
◇
朝日が登ってきた。
私の体は血が流れ、腕も折れ、立っているのがやっとだ。
何体だ、私は何体、鬼を斬った。
自身にまとわりつく返り血の量で、多くの鬼を斬った事を理解する。
「…僕の用意した毒をくらいながら、ここまで戦うなんてちょっと予想外。強くなったんだね。ナマエ。」
「は…っは…っ。黙れ!」
私の刀を大きくよけながら、兄はため息をつく。
「もう朝だ、玉壺も、半天狗も戻ってこなかった。鬼の癖に、たかが人間相手になにをしているんだろうね。…さすがにもう時間切れだ。ナマエ、お前を連れて行く。お前に入った汚い血、全部抜いてやるよ。」
「やれる、もんならやってみろ!両の腕を、私が斬り落としてやる!」
「本当に、めんどくさ―――」
兄が言い終わる前に、兄の頭上に鞭の様な何かが振り下ろされた。
私が視界にとらえたもの。それは
「ナマエちゃん!ナマエちゃん!大丈夫!?姿を見ないから心配したの!」
「甘露寺様!!!」
私にも負けないくらい血だらけになった甘露寺様の姿だった。
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