▼ 刀を振るうのは私の為
刀鍛冶の里から8日がたった。
任務が終わり、道中私はスラリと刀を鞘から取り出す。
月光に反射する綺麗な刀。
研いでもらった刀は流石のキレ味で、刀鍛冶さんたちの凄さにほれぼれする。
それにしても鉄穴森さんのあの様子…
思い出すのは、里から出る直前にお見送りに来てくれた鉄穴森さんの姿。
『ナマエ殿!いつも丁寧に刀を扱っていただきありがとうございます!!
あの猪やろ…伊之助殿のように!刀を石でたたくなど…そんな!そんな事は絶対にしないよう…!』
『ひぃっ!もちろんです!!』
…苦労してるんだろうな。
伊之助の刀を思い出し、鉄穴森さんに同情した。
「職人かぁ…」
何も知らない、ただの少女であった頃の私には、夢があった。
小さい事から、炊事場に立つ事が好きだった。
中でも甘味を作るのが好きで、大人になったら町の喫茶店でお菓子を作るんだと、無邪気に夢を語っていた。
今は、その手に握っているのは刀。
嬉しそうに刀の事を語る鉄穴森さんが、少しだけうらやましい。
鬼殺隊に入った事を後悔してはいないが…。
「…今度、善逸達に本でみた“パンケーキ”でも作ってみようかな」
うおー!うめぇ!
おいしいよぉ〜
おいしいなぁ二人とも
「くくっ」
三人の姿を想像して、自然と口角があがる。
…刀をかかげながら一人で笑う女って、結構絵面がやばいよなぁ。
その時、烏が大声で鳴いた。
伝令を聞いた瞬間、私は刀を鞘にしまい走り出す。
◇
上弦の鬼 交戦中
その言葉を聞いただけで、私の心臓の鼓動は早くなる。
猗窩座の姿と、まだ目覚めない煉獄様の姿。
そしてつい二ヶ月ほど前に、上弦との戦いで深手を負った伊之助達の姿。
走りながら隊服を握りしめて、動悸を落ち着かせる。
上弦との戦い、この戦いで生きて帰れる可能性は低い。
だが私は逃げるわけにはいかない。
私は、天才ではない。
周りの人達のように秀でた才能もなければ、特別体格に恵まれているわけでもない。
すこし血が珍しいだけで、特別強くもない。
妹の為刀を振るうが、鬼への恐怖心だってある。
だが逃げるわけにはいかない。
死んだ家族の為、そして、たくさんの仲間の為。
たとえ凡才だとしても、戦う事をやめるわけにはいかない。
復讐の為にだけ生きていたはずなのに、気づいたらたくさん大切なものが出来た。
私は私の為、逃げるわけにはいかないのだ。
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