▼ その地は天国か地獄か
「おきました?」
どこか懐かしい匂いにゆっくりと目蓋を開けると、そこにいたのは小柄な女性だった。
ここはどこだろう。
「どうぞ。お水です。」
器を差し出す小さな手をみつめる。
年はわたしより、上、だろうか。
小さな体で、随分と大人っぽい人だ。
「こ………ど…………」
ここはどこ。そう伝えようとしても声が出ない。
ヒリヒリと痛む喉に、お腹の奥底がズシンとしずむ。
わたし、生きてるの?
みんなのところに、行けなかったの?
「まだ喋らないほうがいいですよ。喉が炎症していましたので。さぁ飲んで。」
私が首を横に振り、その水を拒むと女性は困ったように笑った。
「あまり頭を振ってはいけまんよ。一週間も寝たきりだったんですから。」
一週間も寝てたならそのまま寝ていたかった。
なぜ私の体は目覚めてしまったんだろう。
「不死川さんを、いえ、あなたを連れてきた人を呼んできますね。目を覚ましたと知ったらきっと喜びますから。」
だから、それまでゆっくり横になっていてください。
身体を固くして、布を握りしめる私にそう続けて彼女は部屋をあとにした。
薬品の匂い
洗剤の匂い
太陽の匂い
目を閉じても耳をふさいでも
この部屋を形成する匂いが私が生きてる事を実感させる。
なんで。なんでまだこの夢は続くの。
枕に顔をうずけ叫ぶ。
声は出ない。誰にも聞こえない。
はずだった。
「おい、そんなに叫ぶんじゃねェ。本調子じゃねぇんだろォ。」
すこしの浮遊感。
そして
「生きてたかよォ。」
あの時の、柄の悪い天使。
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